October 27, 2020

GoTo 会津西街道(下野街道)

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 例年ならば伊賀上野友人宅にお世話になるのですが、今年はコロナ禍、独立した子や孫とも逢えない日々を過ごしているご家族も多いと聞いており、万が一を考え、今年は参加を断念しました。感染者が最も多く、当初、「Go To トラベル」の対象から外された東京都(町田市)民の後ろめたさもあったのは事実です。

 季節は秋、関西行きは断念するが、近場でも、何とか「Go To〜」の恩恵に浴したい…と、思い立ったのが会津西街道(下野街道)を大内宿へ、さらには只見川三島町への旅でした。下野街道は江戸時代に整備され、会津若松城下から下野日光今市に至り、会津藩、新発田藩、庄内藩等奥州諸藩の参勤交代にも使われた主要道にて、関東側では会津西街道と呼ばれるもので、現在の国道121号線です。

 1878年(明治11年)、英国人女性旅行家、イザベラ・バード(Isabella Bird)が走破して、後に『日本奥地紀行(Unbeaten Tracks in Japan)』に著した旅程の一部を走りました。大英帝国駐日公使ハリー・パークスが企画立案・申請して、当時の外務卿寺島宗則がこれを受け手配したものでした。杉並木(例幣使街道)を日光に至り、谷善一郎邸「金谷カッテージ・イン(Kanaya Cottage Inn 1873年開業)」に通訳の伊藤と共に滞在、文明はこれまで、ここから人跡未踏の旅が始まったとその旅行記は記しています。

 文明最後の宿、「金谷カッテージ・イン(Kanaya Cottage Inn)」をイザベラは金谷Cottage Innこう描いています。その宿としての役割を終えた「金谷侍屋敷」は有形文化財の指定を受け、現在は「金谷ホテル歴史館」として一般公開されています。彼女に倣って、私も描いてみました。

20201025_金谷 Cottage Inn

 数年前に読んだ『日本奥地紀行』の強烈な印象が今回の旅のきっかけでした。イザベラと従者兼通訳の伊藤が荷駄を乗せた馬を引き、文明最後の金谷カッテージ・インを出発、前人未踏の獣道(Unbeaten Tracks) を行きます。訪ねた村々では不衛生で貧弱な日本人の好奇な目に囲まれている様子、それを同国人の伊藤が恥ずかしく思い、軽蔑し、時には過大な自尊心を持って語る様子が描かれています。読んでいて奇妙なのは、ある時はイザベラの立場で村人を、ある時は伊藤の立場で村人を、あるいはイザベラを見ている自分自身、私に気付きます。

 当時、英国は世界を制覇した世界帝国であり、その英国主導のもとに新政府は戊辰の革命戦争を成し遂げました。イザベラは既に世界的な旅行家としての名声を得ており、母国大英帝国の庇護のもとに今回の旅行を計画、実行しました。文中には書かれていませんが、駐日公使パークスは彼女に最大の助言と援助を与え、彼の要請を受けた外務卿寺島宗則も彼女の行く先々で最大限の援助を提供しています。前述の通り、会津西街道(下野街道)は東北諸藩が参勤交代に使う整備された街道であり、決して前人未踏の獣道(Unbeaten Tracks)ではなかったはずです。いかにも、イザベラと従者兼通訳の伊藤が二人で旅した如く書かれていますが、実際には、蚊帳・簡易ベッドを始めとする世帯道具を運ぶ多くの従者を引き連れた大掛かりな旅行だったのではないでしょうか。

 戊辰戦争が終わってわずか10年、下野街道は新政府軍と会津軍の激戦の傷跡が未だ残っていたはずです。そんなことには全く触れられず、最大の戦跡会津若松城下は興味の外だったようです。

DSC05001 旅程の後半も考え、鬼怒川温泉に在る温泉ホテルに2泊の宿を取りました。出発の前日、ネットのヤフー・トラベル(一休)で取得したのですが、「Go To〜」の補助を受けて割引かれた金額をホテルのレセプショ・ンカウンターで支払うのは良いのですが、ここで問題です。予約した金額以外に「入湯税」が必要、さらに加えて「Go To地域共通振興券」、紙のクーポン券が同じカウンターで発行されるのかと思いきや、スマホに送られた電子クーポンしか利用できないことを告げられました。電子クーポンを使う私もおっかなびっくり、関係サイトで使い方を勉強し、次の日に訪れた大内宿で使おうと思いましたが、大内宿全体はWifi環境に在りながら、宿内のお土産屋さんでは紙のクーポン券のみ使用可。電子クーポンが使えるのは皆無でした。それでは…と、コンビニかガソリンスタンドで使おうとおもいましたが、奥会津に入るとコンビニ、ガソリンスタンド自体がありません。結局、「Go To〜」電子クーポンを使ったのはホテル内のお土産コーナー、というお粗末な「Go Toキャンペーン」の一幕でした。

 全国都道府県のイメージは、前回の茨城県に代わって栃木県がワースト1とDSC05014の報道。那須地方はよく判りませんが、今回訪れた日光市・鬼怒川温泉の印象は、日光猿軍団、江戸村、ワールドスクエアと東武の田舎臭い、あか抜けないイメージ、ひと頃の熱海、昭和の社員旅行…と云った感じで、観光施設・自治体の努力不足は否めません。しかし、奥会津(福島県)に入ると、道の駅でもらう観光案内・パンフレットの類もどことなくセンスが光り、大内宿の通りがだだっ広く時代劇のセットのようだったのが少々残念でしたが、只見川第一橋梁(福島県三島町)まで足を延ばしたのは、よほど奥会津が気に入ったからでしょう。

 欠席した「伊賀衆の寄合」はどうだったのでしょうか。

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express01 at 19:00│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック History_Japan | Drawing

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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