July 02, 2007

香港返還10年、その活気は健在です 

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私が始めて香港を訪れたのは30年以上も前、オーストラリア・ニュージーランド出張の帰りに飛行機の都合で1泊したのが最初でした。香港の中心市街を真下に、ビルすれすれに啓徳空港(Kai Tak Airport)に着陸する様子はなかなかの迫力でした。通関・入国審査、そして空港ロビーの至る所に自動小銃を抱えるグルカ兵が屯し、「香港は大英帝国の植民地」、ということを実感したものです。街に出ると、漢字と英語、東洋と西洋が混じり合い、秩序と無秩序が同居した猛烈な活気に圧倒されました。

アヘン戦争(1839年及び1856年)の結果、1898年イギリスは清朝中国より獲得したことに始まる植民地は1997年6月30日深夜12時を持って終了、「永遠」とほぼ同義語の「99年間」の租借期間、実際には156年間の歴史でした。大英帝国という既に単なる名誉職で1997年香港返還あった俳優は、ほんとうに世界史の舞台から退場、イギリスというヨーロッパの一国家に戻ってしまいます。次第にその重きを増してきた共産党国が主役の座を奪還、今後50年間2007年香港返還10周年の資本主義体制を保障する「一国二制度」を掲げて舞台に躍り出ます。その50年の内、10年が既に過ぎ去った、というのが今日なのでしょう。「永遠」に比べると50年は短く、過ぎ去ってしまうとこの10年はあっという間でした。

イギリスの撤退、香港人富裕層・知識層の国外流出、日本人観光客の香港離れでした。その穴を埋めたのが中国大陸人の香港流入、お陰で香港経済は危機から立ち直りました。

50年〜30年前の日本。1959年の東京タワー完成、1964年の東京オリンピック、1966年のビートル来日、1970年の大阪万博に向かって突き進んで行きました。中国はまさにその時代なのでしょう。今は死語になりましたが、この時代に急激にお金持ちになった成金、あるいは粗野な人の代表を「農協の団体」と呼び、彼らが世界中を闊歩するのを、嫉妬心を交えて、少々軽蔑的にさえ見ていたことがあります。

日本人自体が「農協」と呼ばれた時代もあったわけですが、失礼ながら、今の中国という国自体、来訪者・流入者は「農協」と似たような感覚で見られているのではないでしょうか。彼らののお陰で香港経済が復活したのは誰もが認めるところです。ただ、その副作用として少々品位(?)が落ちたということも歪めないことでしょうが、長い目で見れば、香港・中国の為には決して悪いことではないと思います。我々もそうやって学んできたのですから。問題は、中国の勢いが2008年北京オリンピック、2010年上海万博に向けてあまりにも急速で、大きすぎることのように思えます。

植民地のにおいは薄れましたが、まだまだ活気が健在な香港、次の10年間を見ていくことにしましょう。

本業にもお越し下さい。
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express01 at 18:51│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック My Scrap Book | Recent Event

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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