February 04, 2023

デビッド・クロスビー死去 享年81歳

David Crosby_線画  2023年1月31日付朝日新聞文化面に「デビッド・クロスビー(David Crosby)さん死去」の記事。最近、Youtubeで彼の歌う姿を見る機会が多く、それがThe Byrdsを離れ、C.S.N.& Y.としての活動時代はともかく、盟友Graham Nashとのデュエットなのか、はたまた新人歌手発掘活動なのか、時代の前後は不明ですが、私自身の歳を考えると、彼の死は近いと感じていました。

 訃報欄に出たかどうかは知りませんが、朝日新聞文化面に彼の死去とその功績(及び個人生活)が紹介されるとは、私のような「洋楽ファン」ならともかく、日本人の誰が彼のことを知っているのだろうか…と疑問に思いつつ、身の回りにいる友人・知人に聞いてみると、やはりほとんどの人は彼のことを知りませんでした。記事を書いた人の独りよがりのような気もしないではありません。

 私がByrdsと出会ったのは、Beatles出現の直後、高校1年か2年生でした。もちろんBeatlesも好きでしたが、それ以上にByrdsのデビューシングル「Mr.Tambourineman」には大きな衝撃を受けました。それもそのはず、この曲はBob Dylanの作、6番にも及ぶ彼のオリジナルは幻想・幻覚的な、後に云うサイケデリックな内容、加えてDylanよりも数段カッコいいイントロで始まります。

 彼の独自性と云えば、精巧・緻密なハーモニーとジャズぽぃところ。後で知ったのですが、前者はEverly Brothersから、後者を兄が好きだった50年代のジャズ(Chat Baker, dave Brubeck)の影響を受けたようです。Byrdsを去った彼は、Buffalo Springfieldを解散させたばかりのStephen Stillsとセッションをするようになり、二人はJefferson AirplaneのPaul Kantnerと共に曲を作り、Airplaneが録音したのが「Wooden Ships」であり、絶妙なヴォーカルのブレンドが試されました。次にCrosbyとStillsは、1968年7月、Joni Mitchel宅で開かれたパーティでGraham Nashと知り合いました。彼は英国で当時活躍していたHolliesを脱退し、フォーク・ロック界に参入することを熱望していました。三人は意気投合したのでした。1969年に開催されたWoodstock Festivalの話をNashから聞き、Joni Mitchelが書いたのが「Woodstock」でした。

 Neil Youngも加わったCSN&Yの「Woodstock」は、彼女のオリジナルと比べると、4人の精巧なハモ、そしてジャズぽさ故か…、全く別の曲のように聞こえます。この「Woodstock」を収録した1970年のアルバム『Deja Vu』は爆発的ヒットとなり、CSN&Yは頂点を極めることになります。しかし、StillsとYoungの不仲、CrosbyとNashの亀裂で、CSN&Yとしての活動はわずか1年足らずの間に終焉を迎えます。

 彼の気まぐれな耽溺は、何度も致命的な事態を招き、音楽と同じぐらいに、薬物犯罪、武器使用、刑務所行きで有名でした。

 そんなCrosbyのイメージは、1969年の映画 『Easy Rider』でDennis Hopperが演じた頑固な自由主義者に重なります。

 大きな喪失感を感じるDavid Crosbyの死でした。



express01 at 14:04|PermalinkComments(0) Music 

January 20, 2023

The day the music died(音楽が死んだ日)<<その2>>


 ここからノスタルジックなコーラスに戻り、1960年代後半の混乱 [V_4]に飛び込んで行きます。

[Verse 4]
Helter skelter in a summer swelter
the birds flew off with a fallout shelter, eight miles high and fallin'
fast

 「Helter Skelter」は、1969年に起きた「シャロンテート殺人事件」を云います。ビートルズの曲には隠されたメッセージがあると信じていたCharles Manson (チャールズ・マンソン)が起こした殺人事件でした。この事件は、有望で楽観的に見えたヒッピームーブメントに暗い終止符を打つものでした。[V_4]の歌詞の残りは、まさにそのムーブメントを、この時代に人々がどのような音楽や思想を推し進めようとしていたかを語っています。

It landed foul on the grass
the players tried for a forward pass, with the jester on
the sidelines in a cast

20230113_Dylan Went Electric_2 Dylan(ディラン)は1965年にエレキ楽器への転向が批判され、その1年後にバイク事故に遭遇します。一時は音楽活動から遠ざかり、音楽人生を終えそうになりました。そんな中、ビートルズが「Sgt Pepper’s Lonely Hearts Club Band」のアルバムを発表し、音楽を前進させたのです。

Now the half-time air was sweet perfume, while
sergeants played a marching tune
We all got up to dance, but we never got the chance

 しかし、sergeant(軍曹)にはビートルズへの言及だけでなく、この言葉はダブルミーニング、軍国主義的な意味が含まれています。60年代半ば、アメリカはベトナム戦争の泥沼に膝どころか胸までつかり、さらに10年近く続くことになります。そして、この戦争はアメリカについて多くのことを明らかにしました。世界の舞台では国家の認識を変え、家庭の前線では緊張をもたらしました。 この詩の最後に、McLean(マクリーン)はBuddy Holly(バディ・ホリー)の飛行機事故がどう影響したかを語っています。彼の死は、50年代アメリカの滑らかな表面の下にある汚れと混乱を明らかにしました。

'Cuz the players tried to take the field, the marching
band refused to yield
Do you recall what was revealed the day the music
died?  

 [V_5]では、「American Pie」にインスピレーションを与えたAltamont Speedway Free Festivalを紹介します。ウッドストックの大成功から2年後、あのヒッピー・マジックを再現しようという、Rolling Stonesをメインにしたこのコンサートは大失敗に終わりました。大勢の観客が酔っぱらい、警備のために雇われたThe Hell’s Angelsも同じく酔っぱらう有様でした。Stonesが日没にステージに上がる頃には、大混乱となり、Meredith Hunter(メレディス・ハンター)という男が観客の中で口論となり、リボルバーを抜き、刺殺されました。 [V_5]は、そのすべてを美しく象徴的な言葉で表現しています。Rolling Stoneの曲「Jampin' Jack Flash」を参照しながら、この曲の原動力となった聖書のイメージを出しています。

[Verse 5]
 And there we were all in one place
a generation lost in space, with no time left to start
again
So come on Jack be nimble, Jack be quick, Jack Flash
sat on a candle
stick, 'cuz fire is the devil's only friend

 ライブ中の諍いは、Stonesが「Sympathy for the devil」を演奏中に起こったものでした。

And as I watched him on the stage, my hands were
clenched in fists of rage
No angel born in Hell could break that Satan's spell
And as the flames climbed high into the night to light
the sacrificial rite
I saw Satan laughing with delight the day the music
died,

Altamont のコンサートは、アメリカ文化の生きた表現といえるかもしれません。楽観主義で始まった10年間が、混沌とした暗い終わりを迎えたのでした。[V_6]は、アップビートなジャムからゆっくりとした悲しい嘆きへと変化し、この出来事の後遺症を語っています。

[Verse 6]
I met a girl who sang the blues
And I asked her for some happy news, but she just
smiled and turned away

 a girl who sang blues(ブルースを歌った女)とはJanis Joplin(ジャニス・ジョップリン)であり、それはJoplin(ジョップリン)、Jim Morrison(ジム・モリソン)Jimi Hendrix(ジミー・ヘンドリックス)といったロックの巨匠の死を意味し、「音楽が死んだ日」にこだまして、この十年の終わりを告げようとしているのです。

I went down to the sacred store
Where I'd heard the music years before, but the man
there said the music wouldn't play
But in the streets the children screamed, the lovers
cried and the poets dreamed
But not a word was spoken, the church bells all were
broken
And the three men I admire most, the Father, Son,
and the Holy Ghost
They caught the last train for the coast the day the
music died,

 そして、これが我々を最後の懐かしいコーラスに導いてくれるのです。

[Chorus]
They  are singing
Bye, bye Miss American Pie
Drove my Chevy to the levy but the levy was dry
And them good old boys were drinkin' whiskey and rye
Singin' this will be the day that I die

 Miss American Pieへの回帰を訴えているように見えるかもしれませんが、Photo of Plain Crushそうではありません。この曲は、牧歌的な50年代が幻想であり、その幻想は「音楽が死んだ日」に崩れ去ったことを認めています。60年代は対立が続き、多くの命が失われましたが、同時に変革と進歩の十年でもありました。そしてもちろん、史上最高の音楽も生まれました。それはアメリカ文化の転換期であり、新たな歴史の岐路に立つ今日にも影響を及ぼしています。「American Pie」がこれほどまでに愛されるのは、ギターを取り出してそれを歌おうとした時、音楽、政治、社会変革の深い歴史に触れるのです。そして、音楽史という偉大な網の目の中に、自分の新しい一本の糸を編み込むのです。



express01 at 17:30|PermalinkComments(2) Music | History_World
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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