Sammy_Johns

June 26, 2018

この曲<21> "Chevy Van"

 その車のブランド自体を知らない人もおられるかもわかりませんが、アメリカのGM( ジェネラル・モーターズ)のブランドの一つに『シボレー』があります。 では、この『シボレー』を英語で書いて、あるいは発音して下さい、 と云われてさっと出来る人は少ないことでしょう。正解は『Chevrolet   [ʃɛvrəˈleɪ]』、 フランス語に由来し、英語圏の人にも発音が難しいそうで、『シェビ−(Chevy)』と略されています。  このブランドで、1964年から1995年、発売されていたキャブオーバータイプのバンは2回のモデルチェンジがあり、特に第三世代(1971〜1995年)がシェビー・バン(Chevy Van)と呼ばれています。

chevy van ストリ−ミング・ラジオ(Winamp)でカントリー・ミュージックを聞き流していると、懐かしい曲が流れてきます。 サミー・ジョーンズ(Sammy Johns)の『シェビー・バン(Chevy Van )』は1975年、ビルボードチャートで最高5位、年間でも46位を記録した大ヒット曲で、彼の曲は後にも先にもこれしか知りません。1975年とは、サイゴンが陥落してベトナム戦争が終結し、1960年代から続いたヒッピー・ムーブメントが急速に衰退に向かう時期でもありました。当時、フォルクスワーゲン・トランスポルター(ワーゲンバス)と並んで、ヒッピーのアイコンとしての役割も担っていたのがシェビー・バン(Chevy Van )でした。時代は、自然回帰・反体制・ドロップアウト・放浪・反抗・女性解放を濃厚に引きずっていました。

 私にとって、好きな曲の一つであることは変わりないのですが、曲のイメージがどうも今まで持っていたものと違います。 歌詞の一字一句をを吟味すれば、今日で言えばとんでもない歌になってしまいそうなので、それは止めるとして…、一番で「僕の手を取って 僕を誘った シェビー・バンの中で 僕もそうしようと思っていたのさ」そして三番で「彼女を小さな町で降ろした 石を投げれば端から端まで届く様な小さな町 未舗装のメインストリート 裸足で立ち去っていく彼女 これを横目に 通り過ごす事なんて出来はしない」と歌う。

 如何に放浪・自由・フリーセックスの時代であろうが、「少女(a girl)に誘われたと言え、終わった後は、裸足で車外に追い出した」とは、極めて「反道徳的」であり、ましてやこの曲が全米No.5の大ヒットとなったことにシェビー・バンを製造するGMは頭を痛めたことでしょう。現にYoutubeでは、この曲の「健康的」なイメージのミュージックビデオが多い多く、もしかすると、「反道徳的」イメージを払拭しようとする、GMの意向あるいは操作があったのでしょう。sammy johns_2

 見知らぬ人の車なんかに乗ってはいけません。

 その後はカントリ−のソングラーターとして、ウエイロン・ジェニングス(Waylon Jennings)、サミ−・カ−ショウ(Sammy Kershaw)、コンウエィ・トゥィッティ( Conway Twitty)に曲を提供、2013年没、66歳でした。 

Sammy Johns -  "Chevy Van"

女の子を僕のワゴンに乗せた
彼女は這い上がって 運転しようとした 
彼女は疲れて 何故って 最悪の気分だったから
僕は言った 少し眠ってロックンロールの夢でも見たら

だって 女王のように 彼女はそこに横になって
彼女の髪の辺り 月の光が踊っている
彼女は起きると 僕の手を取って
僕を誘った シェビー・バンの中で
僕もそうしようと思っていたのさ

彼女の若い顔は天使の様
彼女の長い脚は茶色に日焼けして
道路の方を見ていなきゃ
車のスピードを落とさなきゃ

だって 女王のように 彼女はそこに横になって
彼女の髪の辺り 月の光が踊っている
彼女は起きると 僕の手を取って
僕を誘った シェビー・バンの中で
僕もそうしようと思っていたのさ

彼女を小さな町で降ろした
石を投げれば端から端まで届く様な小さな町
未舗装のメインストリート 裸足で立ち去っていく彼女
これを横目に 通り過ごす事なんて出来はしない

だって 女王のように 彼女はそこに横になって
彼女の髪の辺り 月の光が踊っている
彼女は起きると 僕の手を取って
僕を誘った シェビー・バンの中で
僕もそうしようと思っていたのさ

だって 女王のように 彼女はそこに横になって
彼女の髪の辺り 月の光が踊っている
彼女は起きると 僕の手を取って
僕を誘った シェビー・バンの中で
僕もそうしようと思っていたのさ

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express01 at 22:14|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

August 21, 2017

最近聞いたこの曲<11>  "Amy's Back In Austin "

Little texas 1970年代といえば約半世紀前、ウエスト・コーストは「花のサンフランシスコ」、ヒッピーの時代。彼等の車と云えばフォルクスワーゲンのヴァンかこのシボレーのヴァン(Chevy Van)でした。実は、今回、1973年サミー・ジョンズ(Sammy Johns)の大ヒット曲「シェビー・ヴァン(Chevy Van)」(1973)を今日の若いアーティストがカバーしているのを取り上げたかったのですが、どうも良いYoutubeの動画が見つかりません。急遽、予定を変更、リトル・テキサス(Little Texas)1995年のヒット曲、「Amy's Back In Austin」をご紹介します。

 二つの歌に共通するのは乗っている車、シェビー・ヴァン(Chevy Van)。前者は旅の途中で乗せた女と一夜を過ごし、街外れから石を投げればもう片方の外れに届くような小さな街で彼女を降ろす。未舗装のメインストリートを彼女は裸足で去って行ったことを彼は悔やむのです。このくだりが印象的でした。後者は、若い2人は駆け落ちしてテキサスを後にするが、ホームシックの為か、何か判らないのだが、ある日、彼女は彼のもとを去ってしまいます。彼女は何処に、何故行ってしまったのか、彼は途方にくれます、とは陳腐です。

 テキサスを発して、二人の駆け落ちは何処に向かったのかは歌詞にはありませんが、おそらくウエスト・コーストでしょう。少なくとも意識したはず。昔も今も、日本人の私だけでなく、アメリカ人にとってウエスト・コーストは太陽の輝く温暖な気候に恵まれているだけでなく、新しい文化が生まれる、若者にとってあこがれの地です。
 
 日本ではあまりヒットしなかったようですが…、



"Amy's Back In Austin " by Little Texas
テキサスを発ったのは風の強い夜だった
シェビー・のバンにたわいもない夢と
そして愛の全てを詰め込んで
自らの力だけで生きていくのが
どんなに難しいことかを知らなかった
夜遅く彼女が泣いていたり
故郷の人と話しているのを知った
何がまずかったのか
彼女が今どこに居るのか

きっとアミーはオースチンに戻って
ラゾナ・ローザ・カフェで働いている
二人の愛がなくなった夜のをことを
彼女が行ってしまった日のことを覚えている
怒りの言葉だったのか、それとも母親を恋しく思ったのか
僕には判らないけど、どこかおかしかった
きっとアミーはオースチンに戻っている
彼女のいない今夜はつらい

ウエスト・コーストの太陽の下での10時間働は
日々を長くする
月が海に沈むのを見ながら
一人老いていくのは確か
素晴らしい過去に思いを巡らす
彼女が今どこに居るのか

きっとアミーはオースチンに戻って
ゾナ・ラ・ゾラ・カフェで働いている
二人の愛がなくなった夜のをことを
彼女が行ってしまった日のことを覚えている
怒りの言葉だったのか、それとも母親を恋しく思ったのか
僕には判らないけど、どこかおかしかった
きっとアミーはオースチンに戻っている
彼女のいない今夜はつらい

この砂漠の風
もう一度僕を連れ戻してくれ
心の底から
彼女を恋しく思う

怒りの言葉だったのか、それとも母親を恋しく思ったのか
僕には判らないけど、何かおかしかった
きっとアミーはオースチンに戻っている
彼女のいない今夜はつらい


Big and Richの『California』では三日三晩を車を走らせ、あこがれの地、カリフォルニアまでやって来る女性を歌っています。彼女の車は日産のアルティマ(NISSAN ALTIMA)でした。

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express01 at 20:23|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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