Lodi

November 02, 2011

オープン・ステージ at 東松山『イマジン』

準備をしておかなければなりません。いつもは録音したものに、カセットテープの動画を加えて公開していたのですが、…実は、このカセットのアニメーション制作が大変な作業なのです…、今回は我々にとって記念すべきステージ、ビデオに残すことにしました。カメラに動画撮影機能が在ることは知っていましたが使ったこともなく、急いで愛犬:Momoもも(small)をモデルにカメラテスト、カメラ据え置きの為にプロが使うような大きな三脚を友人から借りました。「ステージの上では暗くて歌詞がよく見えない。老眼鏡ではなおさら…」、と言う言葉がよほど気になったのか…、急遽、読書用のLEDランプを購入、万が一に備えます。…どちらかと言えenergizerば、音楽には関係のない、どうでもよいことに注意が行っているようです。

とうとう…、その当日、10月29日(土曜日)がやって来ました。いつものように鶴ヶ島のカラオケ店で練習、もちろんステージでご披露する4曲が中心、…というか、ほとんどそれだけ。入念な(?)打ち合わせも終わり、後は本番を待つだけ。夕食を終え、「いざ、出発」。東松山は鶴ヶ島の隣と聞いていましたが、長いドライブと感じたのは気のせいだったのでしょうか。

私の心境としては、開店と同時に入り、他の客が来ないうちに演奏を終了、後はゆっくりと見物させてもらおう…というのがハラでした。そのお店:『イマジン』は鉄製の急な螺旋階段を上がった二階、店のドアを開けると4〜5人の先客、Nobuさんの顔見知りらしく…、ドラムセットを前に話が弾んでいる様子、その弾んでいる会話の内容が如何にもプロのミュージシャン、業界人の会話(?)といった感じ。 

「Nobuさん、話が違うじゃないの〜」と思いつつも、時すでに遅く、内心不安におびえながら…、何くわぬ顔で三脚を拡げカメラをセットできるのは年の功です。狭いお店、Nobu (1st Gtr), Kun(Drum) & Isao (2nd Gtr) の3人を一つの画面に収めることは出来ず、今回はKunさんには画面から外れてもらいました。客席からのヤジにもあったように、「3人合わせて180歳以上!」、画面左の彼は、…見かねて…、Baseで飛び入り参加してくれたもので、彼の本業はギターの先生の由。         Kun さんは彼ほど若くはありません。念のため…。

”Bye Bye Love” バイバイラブ

”Memphis”メンフィス

”Proud Mary” プラウド・メアリー

”Lodi” ローディ


リズムをとっているつもりなのですが、これは…、ほとんど「貧乏揺すり」ですね。

Momo holding sign board-HKX Radio※Nobu, Kun & Isa Band の今までの曲は左サイド、I Pod 風のプレーヤーでお聴きになれます。
   
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express01 at 14:45|PermalinkComments(8)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

May 01, 2010

Lodi  ローディ あるいは ローダイ

関西に育った私は、子供の頃、「草津」という地名を聞いて頭に浮かべるのは滋賀県に在る草津で、「ヘーっ、滋賀県に温泉があるのか」、と大いに感動、いや、大きな勘違いをしたことがあります。幸いなことに、人前でそれを口にしたことはありませんが…。

唐突に世界史の話です。1789年7月14日、バスティーユ監獄襲撃に始まるフランス革命、1793年にはルイ16世が処刑され、フランスの絶対王政は終焉を迎えます。この事態に他のヨーロッパ諸国は革命の自国への波及を恐れてフランスに干渉・侵攻、これに対してフランス市民・革命政府は革命成就・祖国防衛に立ち上がります。その最大の立役者がコルシカ島出身のナポレオンで、軍内部で次第にその軍事的才能を発揮、頭角を現します。
Battle of Lodi
1796年、ナポレオンを司令官とする派遣軍が北イタリア、アッダ川にかかるローディ橋に殺到、対岸のオーストリア軍砲兵による一斉射撃で、死傷者が続出、突撃の縦隊が停止したため、幾人かの上級士官が先頭を切って参加、突撃が再開され、結果、オーストリア軍は潰走に至ります。これが『ローディの戦い Battle of Lodi』と呼ばれるもので、軍事的意味よりも、「自ら軍旗を掴んで突撃した…」に始まるナポレオン神話・伝説形成により重要な意味があったとされています。

時代は現代、舞台はカリフォルニア州。「ローディ」あるいは「ローダイ」のLodi Arch地名は多いのですが、ここでの話はカリフォルニアワインの産地として、ソノマ、ナパ・バレーほどは知られてはいないでしょうが、サンフランシスコの東に在る街、ローダイ(Lodi)です。

話としては面白いが、実は間違いらしいのですが、「Togo Beer 東郷ビール」の逸話のように、「独立革命(1776年)を成し遂げたアメリカ人のフランス革命への思いが込められているのでは…」と勝手に大きな期待を込めて地名の由来を探しますが、どうも私の期待に添うような逸話はないようです。…と、あきらめかけていると、面白い記事を発見しました。

タイトル曰く、『如何にしてローダイ(Lodi)の名がつけられたか』 
arrow 01-black詳しくは『How Lodi got its name』をお読み下さい。
何と発音するのか判りませんが、ネイティブ・インディアンの言葉で、 (字面を拾えば)モケルムネ(? Mokelumne)と呼ばれる土地があり、1869年、鉄道の駅が建てられました。もちろん駅名はモケルムネ駅(? Mokelumne Station)。綴りと発音が難しい、とあるのですから、外国人の私にはさっぱり判りません。街は次第に発展、もっと簡単に覚えやすい名前ということで、1873年、ローダイ(Lodi)に改名されました。

果たして、その由来は…
地元産の英雄的な競走馬の名前を引き継いだ、という説。次は、街の有力者がかつてイリノイ州にある同名の土地から移住して来たのでその名を付けた、という説。どうも面白くありません。

最後に、「おっ!来た、来た」、と大いに期待できる説。
郷土史家は上の説を退け、「1796年5月、イタリア、アッダ川にかかるローディ橋でのナポレオンの初勝利」に因んだのではないか、という。イギリスからの入植した古い住民が、名称選定委員会のメンバーに在籍、「ローディ橋の戦い」でのナポレオンに心酔、ほとんど不可能と思われる困難に立ち向かう彼とその部下達の勇敢な姿に感銘を受けていたからです。鉄道建設工事に伴う多くの困難を「ローディ橋の戦い」のそれ重ね合わせた、というのは論理的です。以降、マスコミでこの論争がなくなったことを見ると、やはりこれがローダイ(Lodi)の名前の由来なのでしょう。

「フランス革命への思い」など、もう少し講釈があればさらに面白いのですが、ナポレオンの「ローディ橋の戦い」説で決着しただけで良しとしましょう。

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)のヒット曲、その日本語タイトルは『ローディ』となっていましたが、本当は『ローダイ(Lodi)』なんですね。
この曲を書いたジョン・フォガティは後に、「ローダイには一度も行ったことがなく、ただサウンド的にローダイの響きがクール(かっこいい)だから」、と打ち明けています。そんな彼ですから、その名の由来などどうでもいい話です。

ローダイ市で催される全てのイベントはこれをテーマ曲に始まるそうで、曲中のコーラス:「Oh! Lord, stuck in Lodi again」は群馬県の草津温泉の「草津よいとこ〜一度はおいで〜」みたいなものなのでしょう。



※ Amazon: "Lodi" 

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express01 at 13:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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