東大寺

December 17, 2012

2012年近江の旅 Episode 7 〜 『ツァラトゥストラはかく語りき』

前回の『2012年近江の旅 〜 湖西 朽木街道』書き終わってみて、何か…、物足りない感じです。

「白村江の戦い(663)」で唐・新羅連合軍に敗れ、朝鮮半島の足場を失い、同盟関係のあった百済からの難民を受け入れ、唐(中国)との冊封関係を断ち切って律令制度を目指した日本が総力を挙げ、「天下泰平」「五穀豊穣」「万民快楽」を祈願して建立されたのが東大寺大仏でした。

冬至もまだ、今年の冬も始まったばかりで、まだまだ先の話ですが、関西では二月堂の「『お水取り』(3月12日深夜)が終わると春がやって来る」とよく言われます。正しくは『東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)』と呼ばれ、完成した752年に始まり、以降一度も途切れることなく続いています。この間、多くの行事が行われるそうですが、一部は全くの非公開:秘密の儀式だそうで、今回ご一緒したKENさんはその最大の秘儀、大きな松明を振り回す火天、酒水器と散杖を持った水天が対峙し、法螺貝や鈴錫杖の音が鳴り響き渡る、ユーモラスな『達陀(だったん)の踊り』を見る機会に恵まれたそうです。その秘儀を見てその感激が覚めやらぬ彼は『達陀(だったん)』という響きに何かエキゾチックな妄想を重ね合わせたのはごく自然ななりゆき、話を聞いただけの私にもそれが遠い異国の風景に繋がるように思えてきます。

この東大寺二月堂の「お水取り」に先がけて、毎年3月2日に行われる若狭小浜市神宮寺の「お水送り」、若狭鵜の瀬から10日間かけて東大寺二月堂「若狭井」に届くといわれています。「お水送り」という言葉も知りませんでしたが、若狭と平城京とが地下水路(?)で結ばれていたとは、若狭と平安京を結ぶ『鯖街道』、中世の『朽木街道』の話どころではありません。奈良の「若狭井」で若狭の水を汲むということは、渡来した先進思想・技術を受け入れて倭国に春がやって来る、日本があまねく照らされる、開化されるということのでしょう。

古代より秦(はた)氏・漢(あや)氏など、「白村江の戦い」の敗北では百済の難民、優秀な技術者集団が若狭小浜あるいは越前敦賀に辿り着くのは容易なことでした。彼等は琵琶湖の水路、あるいは東西両岸を南下してそれぞれの地で定住していきます。彼等と共に先進の仏教思想、仏像制作・鋳造技術ももたらされました。若狭小浜あるいは越前敦賀は正にシルクロードにおける日本のメインゲートでした。

東大寺大仏は正に中国から伝来の『毘盧遮那如来』、密教では『大日如来』、「光をあまねく照らす(遍照)」如来の意味で、元は西のインドから伝来した『光明仏:ヴァイローチャナ』、その根源はさらに西のペルシア(今のイラン)から伝来した『アフラ・マズダー (Ahura Mazdā)』、ゾロアスター教(=拝火教)の光明神です。

『達陀(だったん)』秘儀はこのゾロアスター教に深く関わっているという説もあり、かつては松本清張が小説:『火の路』を書いてゾロアスター教がシルクロードを通って飛鳥・奈良までまでやって来たとしている。時代が遡れば遡るほど、古代になればなるほど、仮説の領域が大きくなり、想像力を膨らますことができ、一歩間違うと…、UFO、超能力、超常現象、ユダヤ陰謀論と同じ、「トンデモ」ない与太話になってしまいます。実は、この類の話、私も好きなのですが…。

数年前、私にとっては初めての中国大陸:広州に行ってきました。驚いたのは、街に多くのイスラム教の寺院:モスクが在り、中国人とは全く異なる顔立ちで、回族と呼ばれる人々がいることに驚いた記憶があります。もちろん彼等の起源は唐からモンゴル:元の時代に、シルクロード=中央アジアやインド洋を経由して渡ってきたアラブ系・ペルシア系の外来ムスリムです。彼等は色目人と呼ばれ、倭の国が遣唐使を送った長安は国際都市、多くの色目人がいたはずで、遣唐使は仏教を学びに行ったが、そこには仏教徒だけではなく、イスラム教徒・ユダヤ教徒・キリスト教徒、それら宗教の根源:ゾロアスター教徒も居たはずです。彼等、あるいは彼等の先祖が日本に辿り着いたとしたら…。もうやめましょう。

信長による「比叡山焼き討ち」で、開山以来7百年、守られてきたさすがの「不滅の法灯」も不滅ではなく、消えてしまいました。再建に際し、同時期(平安時代)に開山不滅の法灯した出羽国(今の山形県)立石寺(りっしゃくじ)に分灯され、守り続けられてきた火を、京まで運んで、再び「不滅の法灯」としたそうです。因みに、この立石寺、芭蕉が「奧の細道」で訪れ、「静かさや 岩に染み入る蝉の声」を残しています。         ※「旅スケ」からお借りしました。

ゾロアスターはドイツ語でツアラトストラ、フリードリヒ・ニーチェの同名の著作にインスピレーションを得て、リヒャルト・シュトラウスが1896年に作曲した交響詩:『ツァラトゥストラはかく語りき(Also sprach Zarathustra)』、映画:『2001年 宇宙の旅』にも使われているのが印象的です。


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express01 at 19:30|PermalinkComments(3)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

March 11, 2012

『3.11』が巡って来ました

西行NHK『平清盛』、北面の武士:佐藤義清は、待賢門院璋子(たまこ)への片思いが原因(?)で…、23歳で出家、以降『西行』を名乗り、1143年、26歳の時、何故奥州なのかは不明ですが、最初の奥州の旅に出ます。

それから40年後、戦乱:『治承・寿永の乱、 あるいは、源平の戦い(1180 - 1185)』を避けて伊勢の国に庵を組んでいました。戦乱で焼け落ちた東大寺大仏復興のための寄進が捗らず、再建の責任者:俊乗坊重源(ちょうげん 1121 - 1206)に依頼されて、大仏を鍍金(金メッキ)するために必要な砂金を寄進する旨約束してくれていた藤原氏を訪ねて、1186年、70歳を前に再び奥州へ旅立ちます。

今日、『3.11』がやって来ました。メディアの多くは『東日本大震災からの1年』を特集していますが、被災地そして日本の今後を考えると暗澹たる気持ちになってしまいます。言いたくはないのですが…、この1年を振り返ると、政治、官僚はもちろんのこと科学・技術、報道、教育、宗教…等、どれをとっても『日本の〜界のリーダー』(あるいは『専門家』)には本当にがっかりさせられてしまいました。

しかし、西行の奥州行を調べていると、偶然、ちょっと古いのですが、約1年前のニュースにぶつかりました。2011年4月8日付の産経新聞に…

『1300年前の縁…東大寺が1億円寄付 銀行借り入れ「宮城の文化財修復に」』…とあります。

宮城県涌谷(わくや)町は日本で初めて金(砂金)が採れた所。奈良時代、聖武天皇によって東大寺の大仏が建立されました。大仏は銅で鋳造された後、金で鍍金(メッキ)されるはずでしたが、その金が不足し、 大仏の完成が危ぶまれていました。そこへ749年、日本で初めて産出した砂金900両が陸奥国守百済王敬福(くだらのこにきしけいふく)によって献上され、大仏は無事完成しました(752)。

「白村江の戦い(663)」で唐・新羅連合軍に敗れ、半島での足場を失い、百済からの難民を受け入れ、唐の侵攻も恐れられる中、断固たる決意で律令国家を目指し、唐(中国)との冊封関係を断ち切った日本。その国家安泰・人々の幸福・五穀豊穣を祈願して建立されたのが東大寺大仏。奈良時代のみならず、鎌倉時代の西行による勧進に応え、2度までも(…実は3度)奈良東大寺大仏建立・再建を支えたのが奥州、今の東北地方でした。

これに応えたのが『東大寺の1億円寄付』。ちょっと…、古いのですが、「ほっ」とさせられたニュースです。

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express01 at 23:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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