小田原攻め

August 30, 2016

散歩の途中 <16> 行田 忍(おし)城跡

 ベストセラー『下町ロケット』で直木賞を受賞した池井戸潤は二匹目、いや三匹目のドジョウを狙って(?)『陸王』を書いたのでしょうが、私はまだどれも読んでいません。「足袋(たび)屋がランニングシューズをつくる。そんな話はあり得ますか?」と池井戸が訪ねたのが、埼玉県行田市に在る足袋メーカー「きねや足袋」だったそうです。完成した物語『陸王』はたちまち25万部を越えるヒットとなります。かつて行田市が「足袋の街」として栄えていたことを知りませんでした。というよりは…、和田竜原作の映画『のぼうの城 (2012)』そして大岡利昭著『幕末下級武士の絵日記 』が私の行田に関する知識のほとんど全てでした。

 秀吉の「小田原攻め(1590)」に際し、前田・上杉等の北国勢は碓氷峠を越えて関東に侵入するのですが、その北国勢に落とされた諸城を訪ねて、7月八王子城跡を皮切りに、8月には川越に続いて、埼玉県行田市の忍城跡を訪ねることになりました。そもそも、行田は埼玉県の何処に所在するのか?、という話をすると、熊谷に住むバンドのNobuさんが、「行田は熊谷の隣、良ければ案内する」と言ってくれたので、渡りに舟とばかりにお願いしました。待ち合わせ場所は熊谷駅南口、「みすとのした」とはNobuさんの言。聞いた私は、一瞬、何のことか判らず、今年の夏は例年になく涼しく、この時期、TVで繰り返し映る熊谷市役所前の大温度計、「熊谷は熱い!」の少々やけ気味な標語は今年は鳴りをひそめ、今年の夏の熊谷は「ミスト」がピンとくるほどの酷暑ではありません。

 「石田堤」と称される堤跡があり、標識がなければ全く気がつかない場所なのですが、Nobuさん、道路標識の存在は知っていたものの、堤跡自体を訪れたのは今回が初めての由。「石田堤」説明の看板は、大河ドラマ『真田丸』放映による観光客の来訪を当て込んで急遽立てられたと思われますが、残念ながら簡易舗装の駐車場は我々だけ、他に訪れる人はいないようです。

 後北条氏の諸城は次々に落城しますが、それらの支城から終結した将兵で意気上がる小田原城に加えて、行田忍(おし)城は北国勢の攻撃を凌いで健在でした。小田原に着陣した秀吉に攻撃を命じられた三成は盟友大谷吉継ら総勢二万三千余の大軍を率いて攻撃しますが、どうしても落とせません。

忍城跡 攻めあぐねる三成は「丸墓山古墳」に登り、周りを一望している時に、備中高松城に倣った、「水攻め」の策を思いつきました(秀吉の策とも云われる)。忍(おし)城は周囲を低湿地で囲まれ、水害の時にも水をかぶらないことから「浮き城」と呼ばれていたそうで、30kmにも及ぶ堤で囲んだが、流し込んだ利根川の水は三成側の堤を決壊させ、むしろ攻城軍側の大損害の結果となった。十倍する攻城軍で事に当たりながら失敗した三成は武将としての能力欠如を、「三成の戦下手」を云われるようになったと聞きます。

丸墓山古墳 「丸墓山古墳」の在る埼玉(さきたま)古墳群は、その名の通り円墳の他に8基にも及ぶ大小の前方後円墳が並び、昔訪れたことのある奈良盆地の東に連なる山裾を縫うように続く「山の辺の道」を思い出します。その一つ、1968年、稲荷山古墳から出土した「金錯銘鉄剣」、「画文帯環状乳神獣鏡」は5世紀のもの、後に国宝に指定された。公園内にある「さきたま史跡の博物館」で窒素ガスを封入したケースに保管・展示されているのを見学できます。行田はかつては埼玉と呼ばれ、「さき(前)」+「たま(湿地)」=(さきたま)が転じて「さいたま=埼玉」となったという説、これが県名となったそうです。
 

 秀吉の「小田原攻め」から4百年後の今日、我々も「丸墓山古墳」の上から周りを一望すると、当然のことながら一面関東平野、景色の中に再建された忍城の櫓を見つけることが出来ます。備中高松城は知りませんが、「丸墓山古墳」から見ても、あるいは、その後の忍城跡に向かう車中から観察しても、真っ平らな関東平野の中に在る忍城を水没させるような堤の建設は思いも及びません。大谷善継、島左近は三成に意見しなかったのでしょうか。大きな話が好きな秀吉の意向があったように思えます。

 幕末、忍藩は川越藩と同じく譜代、三浦半島・江戸湾の警護、砲台の配備、水戸「天狗党の乱」鎮圧にかり出され藩財政は逼迫、「鳥羽伏見の戦い」の負け戦では殿(しんがり)になってしまい、新政府に恭順か旧政権側に付くかを大いに悩み、藩論は分裂、後出しじゃんけんの様に大勢が決まってから新政府軍に付くという失態を演じてしまいました。どうも行田忍(おし)城はかっこいい話の舞台には映らなかったのですが、「金錯銘鉄剣」、「画文帯環状乳神獣鏡」の出土、「さきたま」が転じて「さいたま=埼玉」となったという説はこの地に対する私の印象を変えたと云って良いでしょう。

 私の夏も終わってしましました。
 Momo holding sign board-HKX Radio※今までの曲は左サイド、Music Player でお聴きになれます。 
I appreciate YOUR SUPPORT.  ▼ 皆様のご支持をお願いします。
 にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ にほんブログ村 音楽ブログ カントリーミュージックへ 


July 25, 2016

散歩の途中 <15> 小江戸 川越

 少なくとも月に1〜2回は訪れている川越の街、バンド練習の場:シダックスのある街なのですが、町田の自宅から車で1時間、まずは西恋ヶ窪、ドラムのKunさんの駐車場に車を駐め、彼の車の助手席に乗って走ること1時間、合計2時間をかけて川越のシダックスに通っています。因みに、ギターのNobuさんは熊谷から、途中でMaruさんを拾ってやって来ます。4人が集合するのに便利という理由だけで、地図を眺めながら決めたのがこの場所でした。私といえば、西恋ヶ窪からは助手席に座っているだけ、関東平野は広く、目印となる高い山もありません。どの道の何処を走っているのか…、到着したら、そこはシダックス、単なるバンドの練習場というだけで、「蔵造りのある街並み」、「小江戸」と呼ばれる川越とは全く結びつきません。

 前回訪問の八王子城跡、その落城にまつわる悲劇は、秀吉の「小田原攻め」の際、碓氷峠を関東に入った前田・上杉ら北国勢を前に、松井田城(安中)城主:大道寺政繁が豊臣方に降り、案内役として豊臣方に協力、北条方諸城が次々にあっさりと降伏開城したことにその原因がありました。その内の一つが川越城で、これも良い機会とばかりに、バンド練習の川越ではなく、「蔵造り」の美しい街並み、「小江戸」と呼ばれる川越に行ってきました。

 淵野辺からJR横浜線で八王子、JR中央線に乗り換えて西国分寺、JR武蔵野線に乗り換えて北朝霞、朝霞台から東武東上線で川越まで、やたらと乗り換えの多い、自宅を出て3時間の旅でした。

 川越城は、室町時代(1457)、上杉持朝が家臣:太田道灌に命じて築城させたもので、道灌は、河越城の支城として、江戸城の基礎を築いたことでも知られる。戦国時代は北条早雲に始まるのですが、小田原を拠点の後北条氏は、1537年、北武蔵の要衝:川越城を落として同国支配を固めました。1590年、後北条氏は滅亡し、秀吉の命で、家康が江戸城に入り、関ヶ原に勝利した(1600)家康は江戸幕府を開きます(1603)。江戸時代に入ると、川越は当時から「小江戸」とも呼ばれ、川越藩の城下町として栄えました。川越藩は江戸幕府の「北の守り」であり、家光を補佐した酒井忠勝(1587-1662)、家光・家綱の松平信綱(1596-1662)、綱吉の柳沢吉保などの幕府重臣が配され、商工業や学問が大いに発達しました。「知恵伊豆」と称えられた松平信綱は商業経済、新田開発を行い、江戸隅田川との間に新河岸川舟運を開設するなど、川越の発展に寄与しました。黒船来航(1853)に始まる幕末、川越藩は三浦半島と品川の海防に大きな負担を強いられ、水戸天狗党の乱鎮圧に出兵し(1864)、徳川譜代故に財政は逼迫しました。戊辰戦争(1868-69)では、最後の藩主:松平康英は新政府に帰順することで藩論をまとめ、官軍にひたすら恭順することで、川越の街を戦火から守りました。

一番街_1

一番街_2

 現存する喜多院、川越城本丸御殿、重厚な蔵造りの町屋が残る一番街周辺を訪ねると、康英の判断が正しかったことが判りますが、残念なことに、徳川家に忠誠心の高い譜代諸藩が頻繁に配置換えとなり、あまりに入れ替わりが激しく、川越藩独自の産業が育たず、従って独自の文化が醸成されなかったようにも思われます。

 幕末、近隣の忍藩(行田)は同じ境遇にありながら、新政府に恭順か旧政権側に付くかを悩み、藩論は分裂、後出しじゃんけんの様に大勢が決まってから新政府軍に付くという失態を演じてしまいました。次回は、「のぼうの城」、その忍藩(行田)に行ってみたいですね。
 Momo holding sign board-HKX Radio※今までの曲は左サイド、Music Player でお聴きになれます。 
I appreciate YOUR SUPPORT.  ▼ 皆様のご支持をお願いします。
 にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ にほんブログ村 音楽ブログ カントリーミュージックへ 


Profile

ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

Back Issues At A Glance
Comments
ISAO's Bookshelf
人気ブログ ランキング
NINJA
Search