吉田拓郎

April 03, 2016

「Country」も高齢者限定?

 少し古いですが、「演歌」や「歌謡曲」の衰退・凋落を食い止めようと、超党派の「演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会」が設立されたという新聞記事が目に入りました。

 1960年代前半は日本の音楽文化にとっても大変な時代だったようで、シンガーソングライターという言葉が主にフォーク系のミュージシャンに出現したことに原因するのかも知れませんが、それまでの一括り「流行歌」と呼ばれた大衆音楽が消滅して、多数の音楽ジャンルが成立します。その中に、ヨナ抜き音階こぶし、それにつながるビブラートで特徴付けられた歌謡曲が「演歌」と呼称されるようになります。

 70年に入ると、森進一がフォークの吉田拓郎作の「襟裳岬」を歌って大ヒット、レコード大賞を受賞することになり、そもそも演歌と歌謡曲との違いはほとんどなかったのですが、加えて、演歌とそれ以外の音楽ジャンルとの明確な違いはさらになくなってしまいます。90年代以降、ブームに乗ってカラオケ向けの演歌が登場して一時代を築いたが、この当たりから若者の演歌離れ、ポップス指向が強くなったこともあり、今日では演歌を支持する若者はほとんどおらず、60代後半以上の高齢者限定のジャンルとなってしまったのです。

 私もほとんどこの年代の推移と共に生きてきた訳ですが、幸か不幸か、このジャンルが趣味ではありません。かと言って、J.Popsでもなく況んやジャズ、クラッシックでもありません。過去何回か申し上げているのですが、私は「洋楽かぶれ」で、「カントリーぽぃロック」が好きで、その逆の「ロックぽいカントリー」ではありません。具体的に言うならば、上の年代に合わせるならば、1960年代のバーズ(The Byrds)に始まり70年代のイーグルズ(The Eagles)で終わります。ハンク・ウイリアムズの昔は「カントリー&ウエスタン」と言われ、その後の進化でアメリカでは「カントリー」と呼ばれるようになりますが、日本では一部を除いて…、「カントリー&ウエスタン」がガラパゴス的進化ではなく、停滞を続けているようです。

 前回、書きましたインターネットラジオ:Station Ripper、放送局が24のジャンルに別れていますが、そのうちの一つが「Country」です。その「Country」が「Alternative」、「Americana」、「Bluegrass」、「Classic Country」、「Contemporary Bluegrass」、「Contemporary Country」、「Honky Tonk」、「Hot Country Hits」、「Western」の9つに別れます。私は「Contemporary Country」というジャンルの中から「New Country Music Box」という放送局を選択、これだけを録音しています。

 「New Country Music Box」で放送される現代の「カントリー」と呼ばれる曲、ミュージシャンで例えれば…、Alan Jackson, Brad Paisley, LeAnn Rimesなどはカントリー歌手としては良く知られるところですが、Don Henleyは元ロックグループ:イーグルズのメンバーでその前はテキサス出身のカントリー歌手、David Nail, Jake Dodds, Eric Church, Jason Aldean, Jon Wolfeなどは全く知りませんが、それらの曲は「ロック」あるいは「ポップス」とほとんど変わりません。違いがあるとすれば、それは使われる楽器、多くの「カントリー」曲にはペダル・スチール、フィドル、時にはバンジョーが使われ、アップテンポが多くダンサブル(danceable 踊れる)、昔の「カントリー&ウエスタン」のような独特な節回しは聞かれません。

 「その曲が「カントリー」か、あるいは、そうではないかはその曲を歌っている歌手がカントリー歌手であれば「カントリー」、そうでなければ「カントリー」ではない。」とはバンドのNobuさんから聞いた言葉です。「演歌」も同じで、「襟裳岬」を森進一が歌えば「演歌」、吉田拓郎が歌えば「フォーク」です。一世を風靡した元アリスの堀内 孝雄、昔は「フォーク」あるいは今で云う「Jポップス」だったのですが、180度転向、今や「ど演歌」のようです。

 うまかったら何をやっても良いのでしょうね。かつては、ライチャス・ブラザーズ(Righteous Brothers)とプラターズ(Platters)が競った名曲:『アンチェインド・メロディ Unchained Melody』を「カントリー」の美空ひばり:リアン・ライム(LeAann Rimes)が歌います。当時、14歳とは驚きです。

 「年をとったら「演歌」を聞くようになる」とはよく言われたもので、現に「昔はビートルズ、今は演歌」と云う人の話を聞いたことがありますが、私の場合は今のところ転向することなく今日に至っています。しかし、日本の「カントリー&ウエスタン」が進化せず、ガラパゴス的停滞に陥っているのは「演歌」と全く同じです。

 Station Ripperで8百曲ぐらいを集めましたが、十数曲を聴いた限りでは「これ」といった曲は少なく、前回、ご紹介したDavid NailとLee Ann Womackの『ガルベストン Galveston』以外は強い印象を受ける曲が少ないようです。認めるのは残念ですが、私の「カントリーぽぃロック」好みも時代の流れに取り残されてしまったようです。

Momo holding sign board-HKX Radio※今までの曲は左サイド、Music Player でお聴きになれます。 

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September 30, 2007

嬬恋、日本のサラダボウル

「嬬恋(つまごい)」とはいい名前です。神話の主人公としてしか知りませんが、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は大和朝廷による国内平定の英雄として、古事記・日本書紀に登場するそうです。朝廷の命による東征の途中、相模の国に居た神が嵐を呼び彼の一軍は進退窮まりますが、お后が入水して、自らの命と引き替えに嵐を鎮めます。タケルノミコトは妻の死を嘆き悲しみ、その後東征の帰路に立ち寄ったこの地で、亡き妻を追慕のあまり「ああ、わが妻よ、恋しい」と嘆き、悲しんだ故事があるそうで、地名はこれに由来します。今は「愛妻家聖地・嬬恋村」とのことです。

因みに、タケルノミコトが東国の平定を終え、東国を望みながら、なおも亡き妻を追慕して「吾妻はや(わが妻よ…)」と嘆いたことから東国を「あづま」と呼ぶようになったと言うことです。なかなか面白い話です。参照→ Wikipedia

嬬恋ヤマトタケルノミコト、日本の神話の舞台というよりは、どこか外国の景色です。今の季節は一面がなだらかなキャベツ畑が続き、稜線まで遮るものがありません。その向こうは大きな空。スタインベックの生誕地、「エデンの東」の舞台、サリナスのように映ります。さしずめ、嬬恋は「日本のサラダボウル」というところでしょうか。

恥ずかしい話ですが、つい最近まで嬬恋とは、2006年に30数年ぶりに行われたという「吉田拓郎とかぐや姫の嬬恋コンサート」のそれと思っていました。上の話題は群馬県吾妻郡、「〜嬬恋コンサート」のそれは静岡県掛川市と、全く別の場所と知ったのはつい最近のこと。初代「〜嬬恋コンサート」も知っていますから、30年以上も誤解していたことになります。幸いなことに、この誤解を人前でさらすことはありませんでした。

若き、吉田拓郎や南こうせつにとっても、「野外コンサートを…!」の構想は1969年の「Woodstock(ウッドストック)」、ニューヨーク州ウッドストックにある、ヤスガーの農場で行われたコンサートがその下敷きにあったのしょう。ゥ〜ン、やはり、私個人のイメージとしては「〜嬬恋コンサート」は群馬県吾妻郡の嬬恋なのですが…。



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September 30, 2006

君は2杯目だよね〜コーヒーカップにぃ〜♪

香港急行(Hong Kong Express)は、もちろん存在しません。そのモデルは、香港Airport Express Service。成田エクスプレスとは大違いで、HKXP Conductor香港国際空港と市内をわずか24分で結んでいます。このように車内を巡回する車掌さんはいません。

掌は英語でconductor。英辞朗によると…【名-1】指揮者{しきしゃ}、車掌{しゃしょう}、導く人[物]、案内人{あんないにん}、ガイド、添乗員{てんじょういん}【名-2】伝導体{でんどうたい}、良導体{りょうどうたい}、導体{どうたい}、導線{どうせん}→ ※因みに、最近はあまり耳にしませんが、semiconductor=「半導体」とは、すんなりと何の抵抗感もない日本語です。


またまた話が飛んで…、タイトルで小生の歳が絞り込まれてきますが、先日は嬬恋コンサートで吉田拓郎は全国から集まった中高年を魅了したそうですね。その吉田拓郎と同時代の(?)フォーク歌手にアロー・ガスリー(Arlo Guthrie)がいます。

Arlo Guthrie1970年前後ですからお若い方はご存じないでしょう。彼のアルバム「Hobo's Lullaby>」に収録されている「City Of New Orleans」という曲があります。…が、「ニューオーリンズの街」を歌ったものではありません。Hong Kong Expressの車掌を描きながら、口ずさんでしまうのは「Three conductors and twenty-five sacks of mail」のフレーズでした。さび(コーラス)の最後がこの曲を台無しにしている為なのか、余計にこのフレーズが好きだった記憶があります。




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今回も話が飛んでしまいました。ごめんなさい。Hong Kong Expressへのご乗車、いやご来店をお待ちしてります。


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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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