北京の55日

January 02, 2016

もらった年賀状を前に

 
紅白幕_1

新年あけましておめでとうございます

三猿像(2016年年賀状)

  風もなく穏やかな新年です。平日とは違って、さすがはお正月、年賀状の配達は朝一番に行われるらしく、私もほとんど例年通りの年賀状を頂きました。毎年、出す枚数を減らしているのですから、自ずともらう枚数も減るはずですが、それでも、今年はあまり減っていないようです。私は、どちらかと言えば、年賀状を無用と考えています。最近では『筆まめ』などのソフトで作成される人が多く、この時期になると、どこの家電量販店のチラシを見ても、その目立つところにはインクジェット・プリンターの広告、それも本体は安く、機種によっては1万円を切り、逆にインクは馬鹿高く、加えてすぐなくなる超消耗品です。年賀状を除いて、写真以外に、どんな時ににカラー印刷を使うのでしょうかね。日常に使う場合、ほとんどの場合、白黒あるいはグレーで十分、モノクロのレーザープリンターがランニングコストも安く、インクに当たるトナーも、家庭での使用を考えた場合、1年は持つのではないでしょうか。

 年賀状と言えば、今年は「申」年ですが、私はこの干支も、加えて年号も嫌いで、干支はどうでもいいのですが、年号は廃止すべきものと考えています。昭和の時代は「25を足して、あるいは引いて…」、と何とか来たのですが、これが平成の時代になると全く判らないようになり、以来西暦だけでやって来ました。しかし、行政・法律を始めとする公の多くの場面に於いては、それが法律によって決められている訳でもないのに、和暦:「平成」を使わざるを得ないというのが事実でしょう。さすがに、生年月日記入欄に(明)(大)はなくなったかも知れませんが、なぜ西暦で記入させないのでしょうかね。「干支」「元号」の本元、中国では1949年の国慶節(建国記念日)以前はともかく、共産党政権下の中国では「干支」はともかく「元号」ではなく、西暦のはずです。因みに、共産党が政権を取って中華人民共和国を樹立、蒋介石国民党は台湾島に追いやられ、中華民国は台湾省一省だけの国(?)となり、今でも大陸反攻を建前としています。共産党政権が国名「共和国」を使ったのは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)においてもしかり、たぶん…、両国は西暦を使うのではないでしょうか。

 その中国近代における歴史的事件の一つ、「義和団の乱(1900)」は既に紹介しましたが、中国の国干支から「庚子事変(こうしじへん)」とも呼ばれることもあります。映画:『北京の55日 55 Days At Peking(1963)』、同名のテーマ曲はブラザーズ・フォーが歌っていましたが、日本語版はあの「8(エイト)マン」克美茂が歌っていました。「時は1900(いっせんきゅうひゃく)年で始まります(オリジナルは The year was 1900(nineteen hundred))。これはハリウッド映画だから違和感ないのですが、70年前後、鶴田浩二が特攻隊員の出撃前の心境を朗読したことがありました。「昭和19年」で始まったと思いますが、これを「1944年」と西暦で云えば、時代もぴんとこないし、悲壮感も半減したことでしょう。年末の恒例の赤穂浪士討ち入りの日、「時は元禄十五年十二月十四日」で始まるからかっこよく、様になるのですが、これが「西暦1703年1月30日」では興醒めでしょう。ついでに、もし墓石や卒塔婆、俳句や短歌も西暦で書かれていたらいかがなものか…。

 思いついた話もこれまで…、お正月二日目、取り立ててやることもなく…、かみさんともも(愛犬)の3人、ホームセンターの安売りでテニスボール1箱(5ダース)を買い、近くの公園で梅(蝋梅)の香りを楽しんで来ました。
蝋梅
 もう一つ思い出しました。「今年はお会いしたいものです」は常套句、案の定、彼の年賀状の絵は「猿」に変わりましたが、コメントは相変わらずです。私の出した彼宛の年賀状のコメントは「今年も、たぶんお会いしないと思います」でした。
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August 12, 2012

北京の55日 55 Days at Peking

 「Fade In  ポン-ポン-ポン-ポン-ポン」  私にはそう聞こえたのですが…。これを読んで「ピ−ン」と来た人は「かなりの〜」です。


歌詞の大半は何を言っているのか判りませんでしたが、そのころ既に洋楽フアン、洋楽かぶれであった私は歌詞の冒頭だけは良く覚えています。

The year was Nineteen-Hundred
             T'is worth remembering

…で始まるブラザーズ・フォアの曲:『北京の55日 55 Days at Peking』がヒットしたのは1963〜1964年、中学2〜3年生の頃でした。歌詞の通り、その年:1900年は記憶に値する年であり、その後の日本を含む東アジア情勢を決定づける事件、『義和団の乱』が起こりました。歴史上では「The Boxer Rebellion, The Boxer Uprising」と呼ばれます。私の歴史への興味もここから始まったと言える、記憶に値する出来事でした。Movie Poster_55-Days-Peking

 映画:『北京の55日 55 Days at Peking (1963)』、舞台は清末の中国、北京の外国人居留地。義和団に依る外国勢力排斥運動が暴力化、孤立無援の8カ国の混成外国人部隊:500人が、チャールトン・ヘストン演ずるアメリカ海兵隊少佐:ルイスの指揮の下、女性や子供を守って55日間の籠城戦を戦い抜いたというスペクタクル映画でした。伊丹 一三(当時28歳? 後に「伊丹 十三」と改名)が、 あくまでも脇役で…、 出演していました。その伊丹が演じた日本陸軍中佐:柴五郎、彼がこの史実:『北京の55日』の間、8カ国混成部隊を指揮したのでした。

義和団の乱1900
日清戦争(1894-1895)の敗北により、欧米日列強に浸食される清末の中国。義和団は山東省で発生しました。ドイツの山東省における熱烈な布教活動はその反動として民衆の排外的な感情を呼び起こし、次第に高揚して行きます。1897年、彼等を支援したのが「梅花拳」という拳法の流派で、「義和拳」と改名、「Boxer」とはこの意味ですが、さらに後、「義和団」と改名、山東省以外に拡大した。彼等は「扶清滅洋(清を扶け洋を滅す)」のスローガンを掲げ、清朝政府には規制・弾圧の口実を与えず、むしろ擁護され、1900年、20万人の義和団が北京に入城します。

Shiba_goro_2
10歳の時、会津戦争(1868)で祖母・母・兄嫁・姉妹が自刃、一家は陸奥戸南に移住、塗炭の苦しみ、極貧の生活を強いられます。幸運にも、陸軍幼年学校から、1877年陸軍士官学校に進み、1879年砲兵少尉に任官する。同期生に、司馬遼太郎作:『坂の上の雲』の秋山兄弟の兄:秋山好古がいます。イギリス大使館付武官時代の1898年、米西戦争が勃発)、その観戦武官として派遣され、今度は海軍から派遣された弟:秋山真之と一緒でした。彼と秋山兄弟とは浅からぬ縁で繋がっていたのです。

 1900年、砲兵中佐、北京公使館付武官として着任間もなく、「義和団の乱」に遭遇します。清朝の宣戦布告は、外国人及び中国人キリスト教徒の孤立を意味し、彼等は公使館区域に逃げ込みました。各国の公使館護衛兵及び義勇兵は5百人足らず、それから救援軍到着までの55日の籠城戦でした。全体的な指導者はイギリス公使クロード・マクドナルドであったが、実質総指揮を取ったのは柴五郎でした。解放後、日本人からだけでなく、欧米人からも多くの賛辞が寄せられ、勲章授与が相次いだ。

 日清戦争(1894-1895)で列強の一角に入り込もうとした日本、遅れてやって来た新参者:日本に無理難題を被せて横取りしたロシアは既に満州まで南下していました。ボーア戦争中(1899-92)のイギリス、米西戦争(1898)に起因するフィリッピンに手を焼いているアメリカはロシアの南下をくい止めるだけの余力はありませんでした。そこに起こったのが「義和団の乱」でした。総指揮官を務めたマグドナルドは駐日大使に転じ、「日英同盟」の締結を強力に推進したのは、55日に及ぶ北京での籠城戦の実質指揮官:柴五郎とその部下に対する高い評価があったからです。

 私の記憶力は全く当てには出来ませんが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』には「義和団の乱における柴五郎」は登場していません。

「義和団の乱」、1900年は我々の記憶に留めておくべき年でしょう。

「ポン-ポン-ポン-ポン-ポン Fade Out」

※ Amazon: ミュージック・ストア/DV D 「北京の55日」

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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