共同体組織

May 13, 2017

「同じ釜の飯」共同体

 昔々、新入社員の頃(1972〜73?)、往々にしてその頃に幹事を任されるのですが、社員旅行が嫌でした。休みであるはずの土・日曜日を使って、月々の給料から積み立てて、宿泊先の旅館かなにかに到着して一風呂浴びて宴会となると、偉い人が「今日は無礼講で…」とか云いながら、チャッカリ、会社の序列そのままの席順に座ります。修学旅行もある意味そうなのでしょうが、それまでの日本人は全体的に貧しくて旅行もままならず、年に一度ぐらいは、会社の補助も受けて旅行に出かけよう、というのが起源でした。しかし、戦後の復興が一段落して、個人所得も増えてリクレーション、レジャーの時代に入ると、その社員旅行の意味も消滅しまます。経営者・管理者側からすれば、一泊二日の短期間にせよ、寝食を共にして、「同じ釜の飯を喰って」、一体感・仲間意識の昂金色夜叉揚を意図したものでしたが、会社という利益や機能を追求することを目的とする利益社会・機能体組織(ゲゼルシャフト Gesellschaft)と地縁や血縁、友情で深く結びついた共同体組織(ゲマインシャフト Gemeinschaft)とは本来矛盾・対立するものでした。皆さんもご存じの社会学の常識です。東京で云えば、社員旅行専門の感あった熱海温泉に閑古鳥が鳴き始めたのもこの頃だったと聞きます。

 団地やマンションなどの集合住宅に住む理由は、単に条件を満たす一戸建てを買うだけのお金がないというだけでなく、職場とその行き帰り(私の場合、往復4時間でした)だけで精一杯で、近所づきあい、祭や町内会など、煩わしい地域社会とのつながりを嫌ったことも大きな原因の一つでした。現に私などは、父親として子供達の通った小・中学校にも行ったことがなく、地元の人だけで盛り上がっているお祭りにも行ったこともなく、同じ階段の住民に挨拶するだけで、もちろん友人おろか知人さえも数えるほどでした。私の場合は、40歳頃に関西からやって来たのもその理由か、東京本社という疑似共同体組織(実は機能体組織)の深みにはまり込むこともなく、かと云って、自分の住む地域共同体に溶け込むことも出来ませんでした。転機は団地管理組合の理事を経験したことで、それまでは管理組合の広報紙さえも読んだこともなく、況んや総会・集会にも出たことがなかったのですが、その贖罪感もあって副理事長を2年間勤めたお陰で、「住めば都」の通り、この団地・地域への理解・愛着が一層深まり、同時に理事会を通じて団地内の多くの住民とも知り合うことが出来ました。

 多くの住民が地方出身者、家を継ぐべき長男ではなく、既に現役を退き、今は嘱託かアルバイト、子供達は既に独立、故郷には既に両親も亡く、ふと気がつくと居場所は此所しかないのです。一方では、高齢化により、従来行われてきた理事の輪番制によるよる入れ替えは難しくなって来ました。我々も理事会の定員を削減して、多くの民間集合住宅で見られるように、管理そのものを外部委託することになって行くと思われます。中層(3・4・5階建)故エレベーターはなく、極近い将来、上階部分の住人が一端足腰が弱まって買い物にも出られない、生活自体ができない、最悪の場合は孤独死の可能性も他人事ではなくなって来ました。

 冒頭の社会学の用語:「共同体組織(ゲマインシャフト Gemeinschaft)」とほとんど最期の晩餐同意義の用語として「(地域)共同体(コミュニィティ Community)」があります。赤の他人の集団ではなく、何らかの「共属感情を持つ人々の共同体」の意味で、ラテン語の「munus (municipal(=地方自治体の、市町村の)と近似 )」から派生した単語で、「贈り物、賦課、任務、義務、成果、好意、祝祭時の演出」の意味で、これが接頭語の「co(相互の、共同の、共通の)」が付いた「comunitas」が語源です。commune(コミューン)、communism(コミュニズム 共産主義)等はすべて「共有する」の意味を含み、communication(コミュニケーション 伝達・通信)は単に脳の中のイメージを伝達(explanation)するのではなく、自分の脳に在るイメージと相手の能にあるイメージを「共有する」という意味です。

 ある人と親しくなりたい、その人のことをもっと知りたい…、そんな時、時間をかけて議論するよりも、一度でもいいからその人と食事を共に為た方がはるかに有意義でしょう。「飲食を共にする、共食」は家族に始まり、大きな「共同体=コミュニィティ」に広がります。限りある食物を仲間と分け合うための儀礼、タブー(禁忌)、テーブルマナー(食事作法)に繋がっていきます。ユダヤ教の共食儀礼、それから派生したカトリックのミサ=「主の晩餐」、日本では冒頭の社員旅行でも述べた「同じ釜の飯」、「一宿一飯」に繋がります。食欲という人間の根源的な欲望を満たすことを共有することで、お互いの(例えば客との)距離が近付き、間に横たわる壁は低くなり、飲食を共にする回数が増える毎にコミュニケーションは良くなるのです。「munus」の意味がこれです。

 南北朝(1336-92)の動乱以降、自立した農民の団結して「惣」という村落共同体を作り、有力名主を中心とした「寄合」と呼ばれる自治的決議機関を設けた。泉州堺、博多では「会合衆(えごうしゅう 納屋衆)」と呼ばれる有力商人による自治が行われ、今日云う民主主義の概念に近い、近代的自我が近世(江戸時代)の到来を待たずして見いだすことが出来るのは驚きと云ってよいでしょう。天下人秀吉は堺の力を削ぐために自治の象徴である外堀を埋め、「会合衆」を解体、彼等を大坂に移住させ、その場所が「堺筋」となったそうです。堺の「会合衆」出身の利休は「茶の湯」を完成させたが、「茶の湯」そのものが「飲食共同体」であり点前の所作は「食物儀礼」でした。この辺りが利休の死に深く関係しているようにも思えます。

BBQチラシ 6月始め、管理組合理事会の同窓生有志でバーベキューの予定です。地域の防犯・防災、住民の高齢化に伴う諸問題を解決していく一歩はコミュニケーションを豊かにするコミュニティ作りです。人々が集まって車座に座り、一つの食物を分かち合う儀礼=「食物儀礼」をもたない共同体はこの地球には存在しない、といいます。若い時にはあれだけ嫌っていた「飲食共同体」、年を取ると勝手なもので、バーベキューが楽しみです。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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