マッチボックス

December 31, 2012

第4回 かってに、HKX紅白歌合戦

例年この時期にやっているが『かってに、HKX紅白歌合戦』、去年はどんな事を書いたのかと『第3回〜』をのぞいてみると、当時の我々の新曲が並んでおり、昨年のトリは『Bye Bye Love』でした。※因みに、『第2回〜』『第1回〜』

そう言えば、今年:2012年皆様に発表する新曲はありませんでした。それもそのはず、この一年は、「依頼があるかも知れない…」とライブを意識、1曲3分、30分のステージを想定、10曲を完全にマスターしようと、練習時間の2/3をこの10曲の練習に充ててきました。

老眼鏡と中古ではあるがエレアコ・ギターを用意した私…、念願の…、悲願の…、出演の依頼があり、もったいぶりながらも、「はいはい」と二つ返事でお受けした11月4日25日のライブに実現、その模様は既にご報告しております。
第4回HKX紅白歌合戦

という訳で、今年の『かってに、HKX紅白歌合戦』、残念ながら成り立ちません。4日と25日のライブ、どちらも5曲をやったのですが、25日のそれでは『Surfin' USA』の次に、『Johny B.Goode』をやったのですが、どういう訳か…?、曲の途中でプッツリ切れて使い物にならりません。最初の演奏、まだ、店の人がステージに上がりアンプやマイクの調整中の『Matchbox』、『第4回 かってに、HKX紅白歌合戦』、今年のトリとさせていただきましょう。

今年の12月はこれで6本目のブログ…、数だけは…よくやりました。おつかれさまでした。皆様、良いお年をお迎え下さい。

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November 28, 2012

コタツでミカン…"Surfin' USA"

先日のライブハウスでのステージ、来て頂いたお客には好評だったようで、再度の出演依頼がありました。裏を返せば、それだけ、年配の客が多かったということでしょう。逆の立場で、もし私が客としてお店にやって来て、私の知らない、あるいは判らないヒップホップなどをやられたのであれば、「金返せ!」ということになり、それ以前に、そんな店には行っていないでしょうが…。出来れば知っている曲、少なくとも聴いたことがある曲をやってくれるのは嬉しいものです。

どうも、楽器をやったことがない人には理解が難しいようですが…、自分の好きな曲と自分が出来る曲とは必ずしも一致しません。やるからには好きな曲しかしませんが、好きだからといって、それが出来るとは限りません。むしろ、好きだけど、出来ない曲の方が俄然多く存在していることは間違いありません。

前回ライブからまだそんなに日が経っておらず、出来れば同じ曲は避け、尚前回演奏の曲に準じて完成度の高い曲、お客さんも知っている…か、聴いたことのある曲、を基準に、「Match Box」「Johny B. Goode」「Surfin' USA」の3曲を選びました。

Genuine Mexican Partsこの「Surfin' USA」、はるか昔、中学生の頃、東芝キャピトルレコード、330円(あるいは340円?)でした。「日本の夏、キンチョウの夏」と同じく、毎年夏が来たら聞こえてくるあの曲、あれから50年もの長い間、自分では到底演奏出来ないであろうと思っていた曲、それこそレコードかCDで「聴く音楽」と思っていた曲が、この歳になり「自分で演奏する」曲になったのは当時想像もつかなかった事です。

東北・北海道では吹雪らしく、コタツに入ってミカンでも…という季節ですが、皆さんも知っている…?、聞いたことがある…『Surfin' USA』をお聴きください。※残念ながら、カメラが左に寄りすぎで、右が切れています。


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October 30, 2008

マッチボックス Matchbox

ビートルズ、1964年のヒット(?):「マッチボックス」をご存じ、あるいは覚えておられますか?リンゴ・スターが歌っているのですが、どうもジョンやポールに比べると下手でした。「この曲をやろう」、ということになり、その結果がこれです。リンゴへの評価:「下手でした」は、我々と比較する限り、もちろん撤回せざるを得ません。



曲は知っていましたが、「下手でした」の印象の通り、全く興味もなく今に至っていました。モノ知りの相方(あいかた、友人)から、これがカール・パーキンス 「マッチボックス」のカバーということを初めて知りました。元来、この手の、いや失礼、古くはRockabilly(ロカビリー、既に古典芸能の感がありますが…)から始まるRock'n'Roll(ロックンロール)には、またまた失礼ながら、「教養?」というものが感じられず、あまり好きにはなれませんでした。

カール・パーキンスはデビューしたばかりのエルビス・プレスリーの歌をラジオで聴いて、「メンフィスには俺の音楽を理解する人がいる」、とあの伝説的なサン・スタジオ(SUN STUDIO)の門を叩きます(…道場ではありませんが…)。

彼の父親が自分の聞いたことがある曲をカールに奨めたのが「マッチボックス」でした。1956の録音、翌1957年の発売され、カントリーとポップチャートで上位を記録するヒットとなります。その後、ラジオからテレビへの移行時期とも重なり、不幸な事故が続いた為か、スターダムにのし上がることはありませんでした。失礼を繰り返しますが、あのいかにも土臭い、決して上品とは言い難い顔つきがテレビ時代に災いしたのではないか…と個人的には思っているのですが、傑作:「ブルースゥエードシューズ」を世に出したことは特筆すべきです。彼の歌っているのは知りませんでしたが、エルビス・プレスリーが歌って大ヒットしたことは私も知っています。

ここまではほとんど相方(友人)からの受け売りですが、最近、私にとって、新事実を発見しました。

さて、カールの父親が聞いたことのある、そして彼に奨めた「マッチボックス」は誰の曲だったのでしょうか?

ブラインド・レモン・ジェファーソン("Blind(盲目の)" Lemon Jefferson )、彼は1920年代、最も人気のあったブルースマンであり、以降「テキサス・ブルースの父」と呼ばれています。彼の音楽スタイルは彼独特のもので、同時代の若いブルースマンには影響を与えませんでしたが、後のブルース、ロックンロールミュージシャンは彼の曲及びスタイルを真似るようになります。彼の曲:「マッチボックス Matchbox Blues」はカールに受け継がれ、次いでビートルズに受け継がれることになります。

お聞きいただいた我々の「マッチボックス」に至るまで80年が過ぎている事になります。日本で言えば大正から昭和にかけて、80年前の歌、そんな時代の歌謡曲を今、誰が歌っているでしょうか。
Enjoy Texas Music license plate
テキサス州には「Enjoy Texas Music license plate」と呼ばれる車のナンバープレートがあるそうです。州政府により販売されており、それに含まれる寄付金が音楽教育振興の為に使われています。日本もちんきな「・・−・1」とか「88−88」ではなくて、このぐらいの事をやれば如何…? 描かれているのはブラインド・レモン・ジェファーソンです。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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