ベネチア

June 09, 2012

ヘラクレスの柱、そのさらに西

その友人は歴史にうるさく、少々クセはありますが…、彼の考察・豊富な知識には敬服せざるを得ません。

二人の話題は「ベネチアがジェノバに勝利し、中世地中海の覇権を握る」ところまでやって来ました。どうでも良い話ではあるのですが…、私の認識では「両者ともに地中海に位置する海洋貿易国家」ですが、彼に言わせれば「ジェノバは地中海だが、ベネチアはアドリア海に位置する。地中海とアドリア海は全く別物。」 確かに、「地中海とアドリア海は全く別物」さえなければ、彼のいうことも(は)正しいことになります。
Ligurian_Adriatic_Sea_map
調べると、「アドリア海」は、イオニア海、エーゲ海等と同じく、地中海の下位にあたる海域の由。→※ Wikipedia 「地中海」 

因みに、ジェノバはリグリア海(Ligurian Sea)に位置し、イタリア半島の西南(コルシカ島、サルデーニャ島、シシリー島で囲まれた)海域はティレニア海(Tyrrhenian Sea)と呼ばれるそうです。これらの海域全てを含むのが地中海です。話は「中世地中海の覇権」ですから、その場所さえ明確であれば、その位置する海域名は二の次で良かったのです。

その「地中海」、幕末・明治の時代に入ってきたMediterranean Seaの訳語でした。そうです、中学あるいは高校時代に覚えるのに苦労したアレです。既に存在していたであろう「瀬戸内海 Seto Inland Sea」とは大いに異なる趣です。medius:「真ん中、中間」 + terra:「土、土地、陸」 = mediterraneous:「陸の間にある、大地の真ん中」を意味するラテン語が語源の由で、これを直訳したのが「地中海」でした。「地中海」は地理的な領域ですが、古代から中世初期にかけては一つの独自な文化圏、「地中海世界」とも言うべき一つの世界を形成していました。

Pillars_of_Herculesその西の果てが「ヘラクレスの柱(Pillars of   Hercules)」(ジブラルタル海峡)で、地中海世界の人たちは、「世界の西の果て」と考えていました。ギリシア神話に登場する神:アトラスはこの地で蒼穹を肩に背負うという役目を負わされ、その名は「支える者、耐える者、歯向かう者」を意味するそうです。アトラスの女性形が「アトランティス」であり、「アトラスの娘、アトラスの海、アトラスの島」を意味し、「ヘラクレスの柱」は別世界・異なる世界に通じる門あるいはゲートであり、この柱の外側の海を「アトランティス」、以降今日に至るまで「アトラスの海 (The Atlantic Ocean)」と呼ばれるようになりました。ユーラシア大陸の最西端は?Atlas

その「大西洋」、同じく何故?昔、中国ではヨーロッパの事を「大西洋、この場合、海洋ではなく、<<大きな+西洋(せいよう)>>の意」と呼んでいたのが、そのまま「ヨーロッパの海」という意味で使われたという説。

もう一つの説。単に「西にある大洋」に思えますが、実は…、 
ご存じの通り「太平洋」は、マゼランが世界一周の航海中に形容した言葉:「静かな海(El Mar Pacifico,The Pacific Ocean)」の訳語で、「pacific」→「泰」→「太」→「太平洋」は容易に訳せますが、「アトラスの海 ( The Atlantic Ocean)」はそうはいきません。おそらく、翻訳者は、「ヘラクレスの柱」がその西の端であるという、ヨーロッパ人の「(地中海)世界」の概念を理解していたのでしょう。

「アトラスの海 (The Atlantic Ocean)」の訳語:「大西洋」は、(地中海)世界の西の果て、「ヘラクレスの柱」のさらに「西に広がる大きな海洋」の意味でした。如何でしょうか?

また、「中世・地中海の覇権」の続きをやりましょう。

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May 11, 2011

ベニスの商人 The Merchant Of Venice

昔、読んだはずなのですが覚えていません。ということで先日、映画:『ベニスの商人 The Merchant Of Venice』のDVDを観ました。タイトルからすると主人公はジェレミー・アイアンズ演ずるキリスト教徒ベネチア貿易商:アントニオなのですが、アル・パチーノ演ずるユダヤ人守銭奴:シャイロックの存在が圧巻で、まるで実際の主人公のようです。戯曲:『ベニスの商人』は、エリザベス1世(在位1558-1603)の時代、ウイリアム・シェイクスピアによって1594年頃に書かれました。



彼の時代は、スペイン無敵艦隊を撃破(1588)して急速にその国力を伸ばしたエリザベス1世の治世に重なります。既に大陸よりもたらされていた印刷技術は、プロテスタンティズム運動を推進させただけではなく、国民の教養を大いに高める事となります。このような中でシェイクスピアは37にも及ぶ戯曲を書き、それらは英語圏のみならず西洋文学全体の中でも最も優れたものであると評価されているが、中で最も人気があるのが『ベニスの商人』です。

シェイクスピアは一歩も外国に出たことがなかったのですが、『ベニスの商人』ではイタリアの都市国家ベネチアをその舞台に選びます。本当は当時(16世紀末)の英国で起こっていたユダヤ人差別を元にこの作品を書いたのでしょうが、自分の国の出来事とはしたくなかった為、「昔々あるところに」の替わりに「ベネチア」を当てたのでしょう。英国人には、厳格な商業組織を持つイタリアの自治都市が文化的にもヨーロッパ最先端の街として映っていたとしても不思議ではありません。

12〜13世紀、ベネチアは地中海貿易・十字軍輸送・支援の覇権を巡る争いにが勝利、1204年には、第4回十字軍として、あろうことか、同じキリスト教国であるビザンチン帝国の首都:コンスタンチノ−プルを占領、略奪・殺戮を行い、クレタを始めとするエーゲ海の要衝を獲得します。1571年、ベネチアはレパントの海戦に参加、オスマン帝国を大敗させますが、絶頂期はこれよりはるか前のことでした。「今から思えば、あの頃が絶頂期だった」、というのはよくある話です。

1497年、バスコ・ダ・ガマがアフリカ大陸最南端:喜望峰を発見、新しいインド航路が開拓されました。これは、ベネチアが独占していた地中海東方(オリエント)交易体制が崩壊し、交易の舞台が地中海から大西洋に移ったことを意味します。

shylock『ベニスの商人』は4つの物語が並行して進行しますが、見せ場は何と言っても「人肉裁判」。シャイロックは、「善と慈悲」のアントーニオを陥れようと法の厳格な執行を望み、逆に自分が法の執行を受けて破滅してしまいます。詳しくはWikipedia参照 ここが「喜劇的」なところらしいのですが、私にはさっぱりわかりません。

アントーニオのキリスト教的「善と慈悲」のお陰で、本来死刑になるべきシャイロックは刑を免除され、その代わりに、キリスト教に改宗させられます。シャイロックはユダヤ人ゲットーにも帰れず、かといって、キリスト教社会にもは入れない存在となってしまいました。これは「悲劇」でしょう。

エリザベス1世(在位1558-1603)の時代、先行していたポルトガル、スペイン、オランダを次第に駆逐、英国は奴隷貿易で莫大な富を得ます。

奴隷貿易拠点となったのは、ロンドン、ブリストル、リバプール、これらの都市で(1)鉄砲、綿織物等の工業製品を積み、(2)これらを西アフリカに運び、(3)奴隷と交換、(4)交換した奴隷を南・北アメリカに運び、(5)砂糖、コーヒー、綿花と交換、(6)ヨーロッパに運ぶ三角貿易でした。

『ベニスの商人』は英国内で起こっていたユダヤ人差別でしょうが、西アフリカから南・北アメリカへの黒人奴隷の供給は当時の英国へ莫大な富をもたらしましたが、もちろん、シェイクスピアも含めて、英国人は黒人奴隷を差別する対象の「人間」とさえも見ていませんでした。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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