プレスリー

December 22, 2016

最近聞いたこの曲<3> "Single Thing In Mind"

              
 今年、始めたのが「Station Ripper」、何回かご紹介しましたが、そこで見つけた「New Country Music Box」というドイツの放送 局、そこでかかる曲はアメリカのロックぽぃカントリー、ドイツ人が選曲したアメリカのカントリーを日本人である私が気に入って聞くのですから不思議なものです。既に2千曲を収集、iTuneからiPhoneへ転送、散歩の途中で楽しんでいるのですが、最近、妙に気になる曲があります。『Single Thing In Mind』by George Molton、曲・歌手共に全く知りません。

Conway Twitty 新曲か…と、Youtubeでこの曲を検索してみると、Conway Twittyという私以上に老いた歌手が登場するではないですか。驚くことに、彼の曲をカバーしたものでした。誠に恥ずかしい話しですが、私は今まで彼の事を全く知りませんでした。コンウェイ・ツウィティ(Conway Twitty 1933-93)、当初は、プレスリー、ロイ・オービソンに同じSUNレコードに在籍したのですが日の目を見ず、その後はロックンロール(ロカビリー)界に10年間、カントリー・ミュージック界では25年間、大きな業績を残しました。スタジオアルバム:60枚、ライブ・その他のアルバム:19枚、シングル:110枚を出し、そのうち全米1位:44枚、全カナダ1位:49枚を数えるほどの著名なミュージシャンで、1993年に亡くなっています。
    
 Youtubeで彼の曲を聴くと、何曲かは聴いたことがありますが、時代的にロイ・オービソン、プレスリー、ジョージ・ジョーンズと同時代、ほとんどは、私の毛嫌いする「ど・カントリー」です。ジョージ・ジョーンズの『Hello Darlin』ブレイク・シェルトンの『Goodbye Time』  など、多くのカントリー歌手にカバーされています。  高校生の時、クラスの女の子が『Rainy Night In Georgia』がお気に入りだったのですが、これもコンウェイ・ツウィティの曲とは知りませんでした。

 そんな大発見のある「Station Ripper」の放送局:「New Country Music Box」なのですが、ここ1ヶ月前ぐらいから、どうも様子がおかしいのです。私のパソコン側に問題があるのか(ファイヤー・ウォールあるいはアンチウイルスソフト:McAFeeの設定)、送り手側の問題なのか、元来著作権侵害ということで日本向けに規制がかかっているのかも知れません。けれども、今まで録音(ファイル保存)出来ていたものが、突然不可能になったのはどうも解せない話です。

 どなたか読者の中で、放送局:「New Country Music Box」を聞く方法をご教授してもらえる方はおられないでしょうか。是非ご一報下さい。
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express01 at 22:20|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

July 15, 2012

I Washed My Hands In Muddy Water

1968年、 エルビス は約10年間の映画生活に嫌気がさして、ミュージシャンとして復帰します(「68年カムバック・スペシャル」)。残念ながら、私のおぼえているエルビスは二〜三流の映画に出ている元人気歌手、復帰後はエルビス・オン・ステージ(?)で歌うフリルの付いたど派でなステージ衣装のおっさん、ぐらいなものでした。

Nobuさんの熱唱する『I Washed My Hands In Muddy Water』。始めて聞く曲で、これはエルヴィスとも縁のあるジョー・パブコック(Joe Babcock)の作、1965年ストーンウォール・ジャクソン(Stonewall Jackson)が取り上げてヒット、ましてや復活後の1971年のエルビスの曲とは全く知りませんでした。なかなかいい曲です。

Elvis Familyエルビスは1935年ミシシッピ州、ごく普通の田舎者の両親の子として生まれます。両親はその職業を農業から離れた最初の世代に属し、小作農民ではなかったが、その日暮らしの賃金労働者で、白人社会の最底辺部にあることには変わりはありませんでした。1937年、父ヴァ−ノンは、小切手詐欺で捕まり、パーチマン刑務所に収監されたのは、やはり貧困が原因でした。

I Washed My Hands In Muddy Water

俺の生まれはジョージア州メイコン
親父はメイコンの監獄にぶち込まれ
よく俺に言ってたな、お前がその手をきれいにしていたら
跡を追ってくる猟犬が吠えるのを聞くことなんかないだろう

身を持ち崩し、悪い仲間につるんでしまい
テネシーで強盗やって
ナッシュヴィルで捉まった
奴ら、俺をぶち込んで、鍵を遠くへ投げ捨てちまった

俺は手を洗ったさ、マディ・ウォター(泥水)で
俺は手を洗ったさ、でも、ちっともきれいになりゃしない
親父の言う通りにしようとしたが
俺はマディ・ウォター(泥水)の流れで手を洗ってしまった

俺は判事に聞いたよ 刑期はどのぐらいだと
やつはこう言ったよ お前のことを見捨てたりはしないよ
もしお前が手をきれいにしているなら
更正の道は決して閉ざされてはいない

刑期を終えることは出来なかったよ
ナッシュヴィル刑務所を脱獄してやったよ
ジョージアとの州境を越えたってところで
跡を追ってくる猟犬の吠えるのが聞こえてきたんだ

俺は手を洗ったさ、マディ・ウォター(泥水)で
俺は手を洗ったさ、でも、ちっともきれいになりゃしない
親父の言う通りにしようとしたが
俺はマディ・ウォター(泥水)の流れで手を洗ってしまった

※訳して見ましたが、どうも言葉遣いが『スモーキング・ブギ』になってしまいます。



※ Amazon: "I Washed My Hands In Muddy Water" 

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May 11, 2012

Bluemoon Of Kentucky

sailor_moon先日、Google Newsに全く新しい単語:「Super Moon スーパームーン」が目にとまりました。「セーラームーン」ではありません、念のために…。

満月去る5月6日、通常より一回り大きく、さらに明るい満月が現れた、というニュースです。月の軌道は楕円で、その日地球に大接近、これがが満月と重なってそんな現象となって現れたそうです。もしや…、と風景写真が趣味の友人に訪ねるも、「知らない。でも以前に撮った満月の写真はあるよ。月に変わりがあるじゃなし〜♪ (この場合、月ではなく雪です!)」と、一杯入っているのか…、ほとんど期待できない返事でした。

欧米の言い伝えでは、満月の光の下で様々な狂気、異常な現象が起きると言われています。入院患者の急増、犯罪発生件数の増加、人々が奇妙な行動をすることを指すものでしょう。中世、月が心理的不調の原因となることが広く言われていましたが、さらに、単語:Lunacy は「狂気の、精神異常の」意味ですが、その語源はラテン語の月を意味するLunaから来ています。しかし、近代科学は月の満ち欠けと犯罪発生件数、疾病数あるいは人間の行動との間には何らの相関関係もないことを示しています。参照→ Science Casts: The Super Moon of May 2012 

昔からの関心事でもあってか、欧米のメディアはこぞって「スーパームーン(=満月の大接近)」を報道しました。どうも解せないのは、あれだけ5月21日に観測されるであろう金環食(=皆既日食)を騒ぎ立てている日本の新聞・テレビ各社ですが「スーパームーン(=満月の大接近)」をほとんど無視したと言ってよいでしょう。古来より、日本の詩歌では、天体現象の中では「月」が最も多く登場するのでは…と思われるぐらいに好まれ、作者の心境を投影させる対象になっているはずですが…。これこそが不思議な現象に思えます。

ET Silhouette
今まで私は表現上の映画的技巧で、現実に見るより大きな月をスクリーンに登場させたもの、と思っていましたが、この歳になって初めてこんな現象が現実に起こることを初めて知りました。

ということで、…取って付けたように…、『Bluemoon Of Kentucky』です。


※ Amazon: "Bluemoon Of Kentucky"  

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March 09, 2009

ブルースェードシューズ Blue Suede Shoes

小泉元首相はプレスリーの大ファンだったそうです。私の記憶しているプレスリーは、映画に転向していた彼が、音楽活動に復帰する「エルビス・オンステージ」の時代です。既に中年の域に入り、「ドーナツの食い過ぎ…」とまことしやかに言われるほど、デビュー当時の面影は全くありませんでした。彼の体型はどうでもよいのですが、どうも音楽的に好きにはなれませんでした。Blue Suede Shoes

1956年、彼は「監獄ロック Jail House Rock 」に続いて「ブルースェードシューズ Blue Suede Shoes 」を大ヒットさせることになります。好きではありませんでしたが、曲の出だしは何故か覚えているのです。「One for the money, Two for the show, Three to get ready now 〜」の「〜」の部分がわかりませんでした。多くの皆さんもそうではないでしょうか…。

この曲がカール・パーキンスの作と教えてくれたのは相方(あいかた)の彼、「マッチボックス Matchbox」の次は、自然な流れとして、この「ブルースェードシューズ Blue Suede Shoes 」となってしまいました。お聞き苦しいとは思いますが、ご辛抱下さい。▼



Well, its one for the money,
Two for the show,
Three to get ready,
Now go, cat, go.

But don't you step on my blue suede shoes.
You can do anything but lay off of my blue suede shoes.

何故か記憶に残っている曲の出だし、歌詞はわかりましたが、その歌詞が何を歌っているのか全くわかりません。「ブルースェードシューズ」誕生にまつわるいくつかの逸話があるそうですが、最もそれらしいのがこれです。

サン・スタジオ(Sun Studio)の音楽仲間、ジョニー・キャッシュ (Johnny Cash)がカールと一緒に巡業中、これを基に曲を書けば、と軍隊時代に聞いた話を彼に聞かせたのでした。それは、ドイツでの兵役時代、支給された軍靴は「ブルースェードシューズ」と呼ばれ、ある時食堂で誰かが「俺のブルースェードシューズを踏むなよ!」としゃべっているのを聞いた、という話でした。

数日後、カールは次の巡業先で演奏中、ステージ近くで踊っているカップルが目に入りました。女性はとびきりの美人、相手の男性はブルースェードシューズを履いていました。踊りながら、彼はパートナーに曰く、「僕の靴を踏まないでくれよ!」 美人の彼女よりも、彼は自分の靴の方が大事だったようです。

少々出来すぎの感が…。
「僕をノックアウトしても、街中に僕の悪口を言いふらしても、僕の家を焼いてしまっても、僕の車を盗んでも、僕の酒を飲んでも、何でも好きにやっていいから、僕のブルースェードシューズを踏むのだけはやめてくれよ」と曲は続きます。

では、曲の出始めの「One for the money 〜」は?
アメリカ人でもこのフレーズがどこから来たもか知らない人が多く、諸説あるようですが、どうも、子供の「かけっこ」の合図、かけ声の類で、さらにそのルーツは「競馬」に辿り着くのでは…。

One for the money,
Two for the show,
Three to get ready
And four to go.

競馬に無知なのですが、3着馬を「ショーホース Show Horse」というそうで、この説に納得してしまいます。

当初の「Go Boy Go!」を、プロデュサー:サム・フィリップスのアドバイスにより「Go Cat Go!」に変更したそうですが、残念ながら、この「Go Cat Go」の意味はわからず仕舞いです。 フェンダーのギターには"Go Cat Go!" Model というのがある、あるいは、あったらしいほど有名な語彙らしいのですが…。

プレスリーファンの大先輩、ご教授下さい。

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July 05, 2008

Highway 61, I have not visited yet.

rout 66_sign 「ルート66」はシカゴからロサンゼルス(サンタモニカ)まで2,000マイル、調べるまでもなく、TV映画の主題歌に歌われているのを覚えています。…がしかし「ハイウエイ61」をご存じの方はそれほど多くhighway61 signはないのでは…。私はボブ・ディランの「追憶のハイウェイ 61 Highway 61 Revisited, 1965」でその存在を知りました。彼本人の音楽にとどまらずアメリカ音楽の方向を変えたことでこのアルバムは有名ですが、その話は別の機会に譲るとして、ハイウエイ61は、やはり南から順に、ニューオーリンズ、ベイトンルージュ、メhigway 61 MAPンフィス、セントルイス、セントポール、彼の生まれたミネソタ州ダルースを経てカナダ国境に至る1,400マイルのハイウエイです。

アメリカの国道システム(Interstate Highway System)では国道番号が東西が偶数、南北が奇数となっていますが、その原則の通り、ルート66がアメリカ大陸を東西に繋ぐ「母なる道路 Mother Road」、ハイウエイ61が南北を繋ぐ「ブルースハイウエイ Blues Highway」と呼ばれています。

ヨーロッパからの移民に始まる白人はフロンティア(辺境)を求めて東から西へ向かうという方向性があります。スタインベックの「怒りの葡萄」では大恐慌・大干ばつに襲われたオクラホマの農民がその耕作地を棄て、豊かなカリフォルニアを目指してルート66を西に向かう家族の姿が描かれています。(ご参照下さい。→「オクラホマ・ミキサー」) 住み馴れた地を棄て、芳醇な果実に満ちあふれた西(West)を目指して移動するという、西(West)への執着がアメリカ人及び文化の一つの特徴と言えるでしょう。そこには、苦難を乗り越え最後には芳醇な果実をもぎ取ることができるという明るさ、楽観主義があります。

highway 61 image一方、アフリカから強制的に連れてこられた奴隷を先祖とする黒人はミシシッピデルタと言われる南部諸州のプランテーションで働く最下層の労働者でした。ミシシッピの広大な綿畑からルイジアナの深い沼地まで、かつてのスペイン、フランス領のにおいを色濃く残す風土の中で、彼らの持ち込んだアフリカ音楽(文化)が融合、ブルース(Blues)が誕生したのでしょう。第一次世界大戦後、1920年〜30年にかけて、北部では鉱工業が発展、彼らは工場労働者・建設労働者としての職を求めて北へ…、メンフィス、セントルイス、オハイオそしてシカゴに向かいます。「北へ…」、彼らが職を求めて通った道がハイウエイ61、彼らの音楽が北へ広がっていく道が「ブルース・ハイウエイ Blues Highway」でした。ブルース(Blues)の定義は難しく、「鬱」「絶望」「苦悩」「あこがれ」の意味を伴うようで、土臭い、じめじめした沼地を抜け出して北に向かった彼らは、今度は都市でそれを味わうことになります。

西に向うルート66は我々の多くがイメージする明るい、希望の、軽いアメリカ。一方、北へ向かったハイウエイ61は陰湿で、絶望的、重苦しく映ります。しかし、アメリカ文化そのもの、ブルース、ゴスペル、R&B、ジャズ、ロックンロール、全てはここから始まります。

ボブ・ディランはエルビス・プレスリーを聞いて育ちますが、後年メンフィスにあるサン・スタジオ(SUN STUDIO)を訪れ、スタジオの床に口づけをしたそうです。 1954年エルビスがブルースシンガー:アーサー・クルーダップ (Arthur Crudup)の曲:「ザッツ・オールライト(That's All Right)」を録音という歴史的な場所への敬意を込めて…。


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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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