バラッド

April 04, 2013

They Covered Up The Old Swimming Hole

ベースのマルさんは、私より幾つか上、いわゆる昔のカントリー&ウエスタンの大ファンです。私などは、もちろん音楽の専門的知識もなく、〜小節の〜拍目なのかも判らず、ただただ雰囲気、〜な感じだけでバンドに参加しています。彼は、いい加減な私とは全く違って…、初めての曲は楽譜に書いて、一音一音を確かめながら楽譜を修正、曲を完成して行きます。そんな几帳面な彼から一枚の歌詞カードを渡され、訳を頼まれました。 「出来ません。」というのもシャク…、引き受けてしまいました。

それが、この曲。
"They Covered Up the Old Swimming Hole" by Bobby Bare


近頃、心にあるそんな日に帰ることが出来れば、と思う
昔ながらの水遊び場に行ってひと泳ぎするのさ

街を迂回して山の中を通る
国道90号線は退屈だが、よく見てみよう
発展と土木工学の記念碑が
昔ながらの水遊び場を埋めてしまった

水あそび場のあった場所に30フィートの高さ
あらゆる種類のアイスクリームが買えて、食べ物が美味い
だが、心に残る食べ物とは比べ物にならない
それは、水遊び場にひと泳ぎに行って手に入るもの

昔ながらの水あそび場には冷たい水が豊かに流れ
足に感じる泥は少年には心地よい
近頃、心にあるそんな日に帰ることが出来れば、と思う
昔ながらの水遊び場でひと泳ぎするのさ

偉大で豊かな社会のシンボル
国道90号線はゴールへの到達だったのだろうか
木造の校舎や昔の商店はなくなり
曲がりくねったでこぼこ道は、もう曲がりくねってはいない

そして、昔からの水あそび場は疾走する車の走行音を聞く
コンクリートと鉄のブランケットの下に埋葬された
昔ながらの水遊び場

※ 原文は続きに記しておきます。 

※ 「Swimming Hole」は「(川などの)泳げる場所」の意で右のような場所。Old Swimming Hole_2

※ 「ballad」【名】には2つの意味があり、(伝承物語詩の)バラッド:中世の終わりころにイギリスやアイルランドで流行し、19世紀まで続いた物語詩。歌われることが多い。◆垈山據侫丱蕁璽鼻20世紀になって生まれ、ロマンチックでゆったりとしたポピュラー音楽のジャンル。この曲は、カントリー、フォークでよく見られる,侶措阿任后

以前にも書きましたが、私は「ど・カントリー」が苦手、実はボビー・ベア(Bobby Bare)という名前さえも知りませんでした。彼は1935年生まれ、1960年台に大いに活躍したカントリー歌手で、”Shame On Me"カントリー部門で2位、"Detroit City"は同じく6位、ポピュラー部門でも16位、1964年にはこの曲でグラミー賞ベスト・カントリーの栄誉を獲得しています。PPM(ピター、ポール&マリー)しか知らなかった”500 miles Away From Home(1963)"、イアン&シルビアの"Four Strong Wind(1964)”も彼が歌っていたとは全く知りませんでした。マルさんありがとうございました。

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March 09, 2012

バラッド Ballad

アメリカ音楽の起源を辿ろうと始めたのですが、その一つが、中世、イギリス諸島(=ブリテン島及びアイルランド島)のバラッド(=Ballad)に行き着きます。それも、イングランドのロビン・フッドの伝説に突き当たってしまい、前回の『歴史の分岐点』に脱線してしまいました。中世の吟遊詩人(=Minstrels)は封建領主の雇われ、主人のために、楽曲を奏で、歌い、物語などをしてきましたが、これが『バラッド』で、定型詩の形で歌い継がれた架空の物語でした。当時喜ばれた演目の一つがロビン・フッドの伝説で、当初は武勇伝だけでしたが次第に英雄・恋愛・ロマンものに広がって行きました。

しかし、1455年のグーテンベルグに依る活版印刷技術の発明は、宗教・言語・科学・政治・文化…と、あらゆる分野に革命的変化をもたらします。今まで吟遊詩人(=Minstrels)によって口頭で歌い継がれてきた『バラッド』が印刷物に替わり、圧倒的な速さと正確さで多くの人に伝搬するするようになりました。言葉を換えれば、吟遊詩人(=Minstrels)の衰退です。16世紀のイングランド、このような印刷物はブロードサイド(=Broadside)と呼ばれ、恋愛、宗教、飲酒、伝説、災害、政治、セックスなどを題材ににした歌謡・物語がブロードサイド・バラッド(=Broadside Ballad)で、主に街頭や市場に立つ呼び売り人(=chapman)に依って売られていました。

The New Christy Minstrels因みに…、昔、60年代のフォーク・ブームの時代、『Green, Green』というヒット曲で有名な、ニュー・クリスティ・ミンストレルズ(The New Christy Minstrels)というグループがありましたが、Minstrelsとはこれなんですね。ついでに…、このグループを独立して『明日なき世界 Eve Of Destruction』をヒットさせるのがバリー・マクガイア(Barry McGuire)です。好きでした。Barry McGuire

同じく…、当時の日本、ザ・ブロードサイド・フォーとかいうバンドがありましたが、この『ブロードサイド』がそれですか?私はMinstrels も Broadside も知りませんでした…。

元へ…。エリザベス1世(在位1558-1603)の時代植民地主義で先行していたポルトガル、スペイン、オランダを次第に駆逐、英国は奴隷貿易で莫大な富を得ます。その奴隷貿易によりアフリカの音楽:ブルース(=Blues)の萌芽(?)がアメリカにもたらされますが、16世紀後半になると英国の北アメリカ大陸への植民と共に入ったブロードサイド・バラッドがこれに少なからぬ影響を与え、後にブルース(=Blues)に育っていきます。
当時英国は、アイルランドがスペインと手を結び、どちらもカソリック、侵略して来るものと恐怖していました。エリザベス1世は非情な強硬手段を取り、結果、アルスター地方(現在の北アイルランド)は焦土と化し、厳しい冬を前に恐ろしい飢餓が始まり、破れた反乱軍のほとんどはヨーロッパ大陸(フランス)へと逃れます。その人口減少を埋めるように、スコットランドからは農業技術に長けたプロテスタントが、宗教的迫害や不作を理由にアルスター地方(北アイルランド)に移住、後の『アイルランド紛争』の原因となります。彼等はスコッツ・アイリッシュ(Scots-Irish)と呼ばれ、18世紀、宗教的迫害やアイルランドを襲った飢饉は、彼等をアメリカ大陸への移住に駆り立てることになります。

彼等はアパラチア山脈周辺に居住します。そうです、Almost heaven, West Virginia  Blue Ridge Mountains, Shenandoah River  ♪…と歌われる地域です。この地は、英国人の最初の入植地:ジェームス・タウン(James Town)もあり、アフリカから連れてこられた黒人奴隷が最初に住み着いた土地でもありました。こうして、二つの文化の化学反応が始まりました。

スティーブ・アール(Steve Earle)の曲:『The Mountain』、ここではレボン・ヘルム(Levon Helm)が歌います。これもバラッド、気に入っています。


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express01 at 19:32|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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