クリーデンス

September 15, 2011

プラウド・メアリー Proud Mary

一時期、「やっぱり、日本語!」、歌詞や語呂を覚えるのがラク…ということで、日本語の歌が続きましたが、最近の傾向はクリーデンスクリアウォーター・リヴァイバル(Creedence Clearwater Revival, 以下CCR)です。
ccr4
CCRは1968年『Suzie Q(Dale Hawkins 1957年のヒット)』でデビュー、その後のたった4年間に、正に矢継ぎ早にヒット曲を世に送り出すことになります。CCRは、その演奏スタイル、曲作り、アレンジ…、全てがジョン・フォガティーのバンド、逆に、彼のいないバンドはCCRではありません。これが災いして、1972年に解散となってしまいます。

時代は、ベトナム戦争、反戦、ヒッピー、音楽で言うならば、フォークからサイケデリック・ミュージックの時代。クリーム(Cream)、E・クラプトンの『ホワイト・ルーム(White Room)』が大ヒットしていた時代です。

「シンプル & ストレートな」、それでいて、妙に「泥臭い・粘っこい・湿気を含んだ」、「ケイジャン風(Cajun)、スワンプ風(swamp)、ディープ・サウス(Deep Southern)」な…、思いついたままにこのロックンロールバンドを表す修飾語を並べてみました。もちろん、出身はルイジアナ、ミシシッピ、テキサス辺りかと思いきや、しゃきしゃきのウエストコースト、(花の〜)サンフランシスコの南、バークレーの出身でした。

一方、前述のE・クラプトンにして「彼等を聞いて、自分の音楽の方向を変えた」と言わしめた、ザ・バンド(The Band)が『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』でデビューしたのが1968年、彼らの『ザ・ウェイト』はその時代を写す映画:『イージー・ライダー』にも使われヒットします。彼らは、時には心情を…、時には政治を…、社会を…、宗教を…歌にしますが、CCRはただただ「シンプル & ストレート」、文学に例えるなら、マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』を読むようなものです。どちらも、今で言うならば「ルーツミュージック」、好きです。

CCRの『雨をみたかい Have You Ever Seen The Rain?』、そして、そのアンサーソング:『Who'll Stop The Rain?』、当時はベトナム戦争中、アメリカ軍による北爆を歌った「反戦歌」だという話があります…が、おそらくウソでしょう。トム・ソーヤーの世界に浸っている彼等に遠いベトナムなど思いを巡らすはずもありません。

CCRの1969年の大ヒット、皆さんもよくご存じの『プラウド・メアリー Proud Mary』、E・プレスリーあるいはティナ・ターナー盤ではなく、CCRのスタジオ録音盤でやってみます。



やっぱり、日本語の方が良かった、か…?。

Momo holding sign board-HKX Radio※Nobu, Kun & Isa Band の今までの曲は左サイド、I Pod 風のプレーヤーでお聴きになれます。
   
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express01 at 17:09|PermalinkComments(4)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

May 01, 2010

Lodi  ローディ あるいは ローダイ

関西に育った私は、子供の頃、「草津」という地名を聞いて頭に浮かべるのは滋賀県に在る草津で、「ヘーっ、滋賀県に温泉があるのか」、と大いに感動、いや、大きな勘違いをしたことがあります。幸いなことに、人前でそれを口にしたことはありませんが…。

唐突に世界史の話です。1789年7月14日、バスティーユ監獄襲撃に始まるフランス革命、1793年にはルイ16世が処刑され、フランスの絶対王政は終焉を迎えます。この事態に他のヨーロッパ諸国は革命の自国への波及を恐れてフランスに干渉・侵攻、これに対してフランス市民・革命政府は革命成就・祖国防衛に立ち上がります。その最大の立役者がコルシカ島出身のナポレオンで、軍内部で次第にその軍事的才能を発揮、頭角を現します。
Battle of Lodi
1796年、ナポレオンを司令官とする派遣軍が北イタリア、アッダ川にかかるローディ橋に殺到、対岸のオーストリア軍砲兵による一斉射撃で、死傷者が続出、突撃の縦隊が停止したため、幾人かの上級士官が先頭を切って参加、突撃が再開され、結果、オーストリア軍は潰走に至ります。これが『ローディの戦い Battle of Lodi』と呼ばれるもので、軍事的意味よりも、「自ら軍旗を掴んで突撃した…」に始まるナポレオン神話・伝説形成により重要な意味があったとされています。

時代は現代、舞台はカリフォルニア州。「ローディ」あるいは「ローダイ」のLodi Arch地名は多いのですが、ここでの話はカリフォルニアワインの産地として、ソノマ、ナパ・バレーほどは知られてはいないでしょうが、サンフランシスコの東に在る街、ローダイ(Lodi)です。

話としては面白いが、実は間違いらしいのですが、「Togo Beer 東郷ビール」の逸話のように、「独立革命(1776年)を成し遂げたアメリカ人のフランス革命への思いが込められているのでは…」と勝手に大きな期待を込めて地名の由来を探しますが、どうも私の期待に添うような逸話はないようです。…と、あきらめかけていると、面白い記事を発見しました。

タイトル曰く、『如何にしてローダイ(Lodi)の名がつけられたか』 
arrow 01-black詳しくは『How Lodi got its name』をお読み下さい。
何と発音するのか判りませんが、ネイティブ・インディアンの言葉で、 (字面を拾えば)モケルムネ(? Mokelumne)と呼ばれる土地があり、1869年、鉄道の駅が建てられました。もちろん駅名はモケルムネ駅(? Mokelumne Station)。綴りと発音が難しい、とあるのですから、外国人の私にはさっぱり判りません。街は次第に発展、もっと簡単に覚えやすい名前ということで、1873年、ローダイ(Lodi)に改名されました。

果たして、その由来は…
地元産の英雄的な競走馬の名前を引き継いだ、という説。次は、街の有力者がかつてイリノイ州にある同名の土地から移住して来たのでその名を付けた、という説。どうも面白くありません。

最後に、「おっ!来た、来た」、と大いに期待できる説。
郷土史家は上の説を退け、「1796年5月、イタリア、アッダ川にかかるローディ橋でのナポレオンの初勝利」に因んだのではないか、という。イギリスからの入植した古い住民が、名称選定委員会のメンバーに在籍、「ローディ橋の戦い」でのナポレオンに心酔、ほとんど不可能と思われる困難に立ち向かう彼とその部下達の勇敢な姿に感銘を受けていたからです。鉄道建設工事に伴う多くの困難を「ローディ橋の戦い」のそれ重ね合わせた、というのは論理的です。以降、マスコミでこの論争がなくなったことを見ると、やはりこれがローダイ(Lodi)の名前の由来なのでしょう。

「フランス革命への思い」など、もう少し講釈があればさらに面白いのですが、ナポレオンの「ローディ橋の戦い」説で決着しただけで良しとしましょう。

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)のヒット曲、その日本語タイトルは『ローディ』となっていましたが、本当は『ローダイ(Lodi)』なんですね。
この曲を書いたジョン・フォガティは後に、「ローダイには一度も行ったことがなく、ただサウンド的にローダイの響きがクール(かっこいい)だから」、と打ち明けています。そんな彼ですから、その名の由来などどうでもいい話です。

ローダイ市で催される全てのイベントはこれをテーマ曲に始まるそうで、曲中のコーラス:「Oh! Lord, stuck in Lodi again」は群馬県の草津温泉の「草津よいとこ〜一度はおいで〜」みたいなものなのでしょう。



※ Amazon: "Lodi" 

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express01 at 13:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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