ガンダーラ

May 14, 2013

たこ焼きで学ぶ 〜 アレキサンダー大王からキムチまで

「ごちそうになる」ということに気をよくして、久しぶりに入った駅前の居酒屋。学生客が多いらしく、「学生向け、人気ベスト・メニュー!」の3位に『ロシアンたこ焼き』なるものを注文しました。我々の数に同じく2個、確立は1/2、控えめに箸の先で少し取って口に…、「当たり!」でした。みるみる間に口の中は炎と化し、額からは大粒の汗…、落ち着くまでのしばらく時間が必要でした。

Alexander the Greatアレキサンダー大王(紀元前356〜326年)は、エジプト、ペルシャを征服、紀元前327年にはガンダーラ(現在のパキスタン)に侵入します。因みに、今在るカンダハルは、ガンダーラに由来する…?。それから数百年、カニシカ王(在位:128年 - 151年)の時代にガンダーラ美術は黄金時代を迎え、多くの仏像、仏教建造物が建立された。この地で大乗仏教:「華厳経」が生まれ、彫刻・建築などのギリシャ文明を伝えたアレキサンダー大王遠征軍の子孫が、従来行動と言語による抽象体系であった仏教を具象化、目に見える仏教:仏像・建造物を生み出すことになります。この仏教の新しい一派は数百年をかけて、中国、朝鮮を経て、飛鳥時代の6世紀に日本に伝来します。

それからさらに数百年、平安時代はまさに末法の時代。人々は阿弥陀仏にすがり、極楽浄土に行くことを願い、その究極が京都宇治の平等院でした。奥州藤原氏(1087〜1189)は都から遠く離れた奥州平泉の地に、その平等院を凌ぐ王道楽土を築きました。

これが元(1271〜1368)の首都:大都(現在の北京)に滞留していたマルコ・ポーロが聞いたという「黄金の国・ジパング」のモデルでした。ジェノバへ帰還した彼は、ベネチアとの地中海の覇権を賭けて戦った「メロリアの戦い(1298)」で捕虜となり、同じ牢獄にいた縁で著作家:ルスティケロと知り合い、旅行記:『東方見聞録』を口述したと言われます。ついには、「キオッジアの海戦(1378〜1380)」でベネチアが勝利、東地中海貿易を独占します。

レ・コンキスタ(国土回復運動)を推進するポルトガルは、覇権に敗れ東地中海を放棄したジェノバ商人を取り込んで、ジブラルタル海峡の西、大西洋に進出、アフリカ大西洋岸沿いに南下、1482年、ガーナに城塞を築いて金や奴隷の交易を行い、1497年、ヴァスコ・ダ・ガマは喜望峰を周り、1498年、ついにインドのカリカットに到達しました。ポルトガルはマレー半島、セイロン島を次々に侵略、1557年にはマカオに要塞を築いて極東の拠点とします。1543年には日本の種子島に漂着して鉄砲を伝えています

ジェノバ商人だったコロンブス(1451頃 〜 1506)は、当時をさらに遡る180年前に著された、マルコ・ポーロの『東方見聞録』にある黄金の国・ジパングに大いに魅せられ、世界は球体であり、西に進めば東端(アジア)に辿り着く、という説を信じ、ジパング遠征航海計画を持ち込みますが、喜望峰・インド航路発見に沸くポルトガルには断られてしまいます。しかし遂に、スペイン王室の援助を獲得して大西洋を西に向かいました。1492年、ジパングも胡椒もありませんでしたが、ついに、彼等(ヨーロッパ人)にとっての、新大陸・新世界を発見します。

「大航海時代」を期に多くの新大陸原産の野菜・根菜類・唐辛子・トマト・豆類がもたらされます。ジャガイモはヨーロッパに周期的に発生する飢饉による飢えをしのぎ、サツマイモは17世紀には日本にも伝えられて非常食として栽培されました。イタリア料理に欠かせないトマトソース、18世紀イタリア料理で「ナポリタン」と言えばトマトソース味のパスタ:「スパゲティ・アル・ポモドーロ」、日本語で「スパゲティ・ナポリタン」、麺は既に中国からイスラム諸国経由で伝わっていましたが、16世紀のナポリはスペインの支配下にあったのです。もっと古くからあるように思ってしまいますが…。

唐辛子の「唐は単に外国由来」の意味ですが、16世紀、鉄砲の伝来に前後して、ポルトガル人あるいはスペイン人により日本にもたらされました。精神の病か…、豊臣秀吉は明を攻略を目的に朝鮮に侵攻します(「文禄・慶長の役(壬辰倭乱)1592-1598」)が、日本軍が冬の寒さから足を守るために足先に唐辛子を入れて持ってきたのが、朝鮮へ伝来の始まりとされています。ヨーロッパにおけるトマトがそうであったように、長い歴史がある朝鮮の味覚:「キムチ」、彼等の伝統文化:味覚に大革命をもたらしたのは、ちょうど百年をかけて地球の裏側、新大陸からてやって来た「唐辛子」でした。キムチ

因みに…、坂本龍馬・中岡慎太郎、二人が囲む鍋、鴨肉と白菜がぐつぐつ…とは幕末時代劇によく出てくるこの場面(「近江屋事件 1867」)、時代考証がされていません。古事記・万葉の時代から在るもの…、日本料理食材の定番中の定番と信じていた「白菜」、実は中国起源、一般的に食べられるようになったのは20世紀に入ってからの話です。江戸時代以前から日本には度々渡来したが、いずれも品種を保持できず、日清・日露戦争に従軍した農村出身の兵士たちが持ち帰って栽培を試みたとされますが、交雑性が強く継続した栽培に失敗、明治末・大正に至って初めて継続栽培に成功、一般に普及したそうです。朝鮮においても、現在食べられている白菜は中国人が品種改良したものであり、現在の白菜が完成したのは18世紀以降とされ、日本と比べてドチコチないような歴史です。キムチには多くの種類があるそうですが、こと日本人に最も馴染みのある「白菜キムチ」だけを取り上げてみると、たかが2百年前には「白菜キムチ」は存在せず、ましてや、「唐辛子革命」以前のキムチはどこにでもある単なる漬物、ということになってしまします。

過去2千数百年…、ギリシャ、インド、中国に始まる文明は日本に伝搬、黄金の国:ジパングに憧れたヨーロッパが新世界を発見、持ち込まれた文物がさらに伝搬、今までの伝統文化に革命的変化をもたらしたのです。全く関連のないように見える個々の文化、しかし長い年月を振り返ってみると、時には革命・突然変異を起こしながらも、実は、連綿と繋がっているのです。

ごちそうさまでした。

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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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