カントリー

December 09, 2009

最後のFM? Last FM

受験勉強時代の深夜放送から始まり、その後のFM放送の音楽番組、いつの頃からか…、全く聞かなくなりました。FEN

今はAmerican Forces Networkらしいですが…、当時ははFEN(Far East Network)と呼ばれていました。関西に育った私には、関東ではこのFENが聞けるということがうらやましく思ったりしましたが、その後東京、といっても西の端:町田にやって来て、これが実現しました。ディスクジョッキーのしゃべりもテンポよく、しかも短い。問題は「いいな」…と感じた曲のタイトルが正確に、いや、ほとんど聞き取れないということでした。「アーティスト名・曲名は、曲の前ではなく、終わった後に言ってよ…、出来ればゆっくりと…」、もちろん叶えられませんでしたが…。

レコードもCDに替わり、パタパタパタパタとあれだけ速かったレコード探し、ジャケットに記されたミュージシャン名の確認も、CDが全盛になると、その頃から兆候のあった視力・気力の低下も伴い、探し出す根気がなくなってしまいました。ましてや、好きな音楽が「カントリーぽぃロック」となったら、昔は機能していた勘も働かず、どのジャンルで探せばいいのか全く見当もつきません。

youtube_logoそんな私の音楽事情を一変させたのがインターネットでした。ストリームラジオをダウンロードして編集、CDに焼くことから始まりましたが、革命的だったのはYoutubeの出現でした。日本国内では著作権がどうのこうの、と議論が沸騰しましたが、アメリカでもそれはあるでしょう。彼らのすごいところは、自分たちに有利でありさえすれば、著作権云々は横に置いて、Youtube を音楽・映画のプロモーションに使うということでしょう。

昔は雑誌本体の内容はともかく、付録に付いていた歌詞・ギターコードを大事にしたもので、コードしか弾けない私にとってタブ譜などは無用の長物、お金を出してまで手に入れようという気持ちは全くありません。今や、私の好きな曲のほとんど全てはアメリカのサイトから、タダで…これが重要!、ダウンロードすることが出来ます。

Craving ExplorerYoutube のファイルはCraving Explorer で、最後の(?)FMラジオ:Last FM (日本では有料、US$ 3.00/月)はLast Sharp でダウンロード、それらの動画・音楽ファイルを転送、last-fm-logoケイタイやI Pod で楽しむことも出来ます。出来るだけ「タダで…、上品に言えば、無料」にこだわる私は、もちろん手持ちのケイタイで楽Last Sharpしんでいます。昔、FENで叶えられなかった希望…、今や曲名だけではなく、アーティスト名、アルバム名、それにジャケット画像までも手に入れることができます。HMV、Tower Recordsは大丈夫か…、少々考えてしまいます。

そのLast FM で気に入った曲を見つけました。Alejandro Escovedo、アルジャンドロ・エスコベードと発音するのでしょうか、名前からも想像できるように、メキシコ系のカントリー歌手(Alternative Country あるいはTexas Country と呼ぶらしい)です。彼の曲:「Sister Lost Soul」をいつもの二人、Nobu & イサオがやってみます。リズムマシーン(ドラム)が初めてのイサオ、そればっかりに気をとられて、しどろもどろ…。※2010年4月、Nobu, Kun & Isao 版に差し替えました。



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November 05, 2007

「アーバン・カウボーイ」

  当時、ニューヨークの駐在を終えた後輩が私と同じ部署に配属されてきました。ディスコブームの時代。映画:「サタデイナイトフィーバー(1977)」(パチンコではありません)の舞台:ニューヨークから帰国、独身でダンスも上手い、と言えば女の子にもてるのは当たり前。既に結婚して、子供もあった小生ですが軽い嫉妬を覚えてしまいました。それが理由とは思いませんが、いや、言いたくありませんが、Saturday Night Fever映画:「サタデイナイトフィーバー」は好きではありませんでした。

挿入歌:ビージーズの「Night Fever」、「Stayin' Alive」は爆発的なヒットを記録するのですが、これがどうも気に入りません。ビージーズといえば「マサチューセッツ」や「小さな恋のメロディ」。元々興味がありませんでしたが、それに加えて、どうして「マサチューセッツ」が「サタデイナイトフィーバー(Night Fever)」につながっていったのか全く理解できません。

ジョン・トラボルタはこれで一躍、スターの地位を築き、この路線を映画:「グリース(1978)」につないでいくことになります。

Urban Cowboy「サタデイナイトフィーバー(1977)」から3年後、映画:「アーバン・カウボーイ1980)」が公開されました。これには軽い快感を覚えました。テーマは同じというか、前者の焼き直しで、白人下層社会の若者(工場労働者→農業労働者)・ダンス音楽(ディスコ→カントリー)・都会が舞台、極めつけは同じジョン・トラボルタの起用でした。制作者にその意図があったかどうかはともかく、カントリーぽぃ音楽に偏向している私は「我が意を得たり」と、大いに溜飲を下げたものです。しかし、残念ながらカントリーに火がつくことはなく、ディスコブームは1994年オープンの「ジュリアナ東京」に象徴されるバブルの時代まで、あるいは今も息長く続くことになります。


久しぶりのカントリーの野外コンサート。異様な光景が目に入ります。ノリのよい曲が始まると、前席に詰めていた一団がステージの前にわーっと集まり、やおら踊りだすではないですか。カントリーダンスと呼ばれるそうです。格好を見ると、判で押したようにジーンズにカウボーイブーツ、お腹にくい込んだら痛いであろう大きなバックル、もちろん(?)カウボーイハットに赤いバンダナ…。男性もいますが
、多くは、決して若くはない女性です。彼らは音楽そのものより、ダンスがお目当てなのです。danceable music、ダンスに向いた曲。 今から思えば、映画:「アーバン・カウボーイ」から始まったようです。このカントリーダンスが近年のハワイアン、フラダンスブームと似通って見えるのですが、それは踊る彼女達の年齢層から来るのでしょうか…。確かに運動の為にはよいことです。

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February 16, 2007

ディクシー・チックス 49回グラミー受賞

ディクシー・チックス カントリーバンド:ディクシー・チックスが49回グラミー賞を最優秀アルバム、レコード、楽曲賞の3部門で獲得とは昨日のニュース。


昔々、日本では「カントリー&ウエスタン」と呼ばれ、一大ブームがあったらしいのですが、その後は衰退の一途、今やCD売り場に行って
も<<Country = カントリー>>というジャンルはなく、<<ポップス、ロック>>に含まれてしまっています。


…が、世界の趨勢は違うようです。Widow Media Playerのストリームラジオには独立した<<カントリー>>のジャンルがあり、多くはアメリカながら、カナダ、オーストラリアを始め東西ヨーロッパにも多くのカントリーステーションが存在します。どこかで聞きましたが、「先進国の中でカントリーが流行らないのは日本だけ」のようで、レコード会社もディクー・チックスの日本でのプロモーションには困惑気味だそうです。

実は、小生は<<・カントリー>>はあまり好きではありません。あの節回し…と言おうか、両方のファンには失礼ですが、<<・演歌>>に通じるところがあります。まあ、考えてみれば、カントリーはアメリカの演歌なのでしょう。

Glen Campbell & Jimmy Web.jpgカントリーついでに、昔々(60年代後半)、グレン・キャンベルというカントリー(?)歌手が日本語タイトル:「恋はフェニックス」をヒットさせました。グラミー賞獲得の大ヒットで、「ウイチタラインマン」、「ガルベストン」に続くご当地ソングの始まりでした。
ご当地ソングとわかったのは後のこと、「恋はフェニックス」を聞いたときは、「そうか、恋は不死鳥 → 恋は永遠なのか」と勝手な、大きな誤解でした。

By The Time I Get To Phoenix, written by Jimmy Web

By the time I get to Phoenix she'll be rising
She'll find the note I left hangin' on her door
She'll laugh when she reads the part that says I'm leavin'
'Cause I've left that girl so many times before

By the time I make Albuquerque she'll be working
She'll prob'ly stop at lunch and give me a call
But she'll just hear that phone keep on ringin'
Off the wall that's all

By the time I make Oklahoma she'll be sleepin'
She'll turn softly and call my name out loud
And she'll cry just to think I'd really leave her
Tho' time and time I try to tell her so
She just didn't know I would really go.


小生が訳すとテレてしまいますので、日本語訳はサイト:「音楽の殿堂」から拝借しました。

ぼくがフェニックスに着くころには、彼女は起きてるだろう
そして、ドアにつるしたメモに気づくはず
彼女は笑うに決まってる
だって、ボクは今までなんども別れを口にしてきたから

アルバカーキに着くころには、彼女は仕事してるかな
お昼どきに、ボクに電話をするかもしれない
でも電話にはだれも出ないんだ

オクラホマに着くころには、彼女はたぶんベッドだ
寝返りをうって、ボクの名前を呼ぶんだ
そして、彼女はきっと泣く。ボクがほんとに去ったと知って
ボクはなんども別れを伝えようとしたけれど、
彼女はいつも本気にしなかったんだ
ボクは伝えようとしたんだけれど…


当時情報が少なかったとはいえ、「…はフェニックス」と邦題を付けた人はその後大いに後悔しているでしょうね。

さて、ここで質問です。
「別れた彼はフェニックス、アルバカーキそしてオクラホマとドライブを続けます。では、二人は今までどこで一緒に住んでいたのでしょう?」

同じことをMashi☆Toshiさんという方がブログ:Miscellaniesに書いておられるのを見つけましたのでびっくり、ひょっとしたらMashi☆Toshiさんとは同年代?、うれしくなってトラックバックさせていただきました。

Mashi☆Toshiさんの答えは「二人はロサンゼルスに住んでいた」。異議はございません。皆さんも地図を広げて想像してください。

ディクシー・チックスのグラミー受賞を契機に日本のCD屋さんもカントリーのジャンルぐらいは作ってください。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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