June 30, 2008

1958年、昭和33年

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1958年(昭和33年)。この年に誕生したのはホンダがスーパーカブを発売しただけではありません。ダイエーが神戸に初めてスーsubaruパーを開店、インスタントラーメン「チキンラーメン」を、厚木ナイロンがシームレスストッキングを、富士重工が「スバル360 」を発売します。

「いや、待てよ…」、ふと気がついたことがあります。ヒットした映画:『三丁目の夕日』の時代も1958年(昭和33年)でした。

戦後高度成長時代の好景気といわれる「岩戸景気」が始まり、若年労働者の所得が高まり、国民の間に「中流意識」が広がっていきました。これはホワイトカラーと呼ばれる技術者・中間管理者・販売管理者を大量に生み出し、彼らの所得増加に伴い、中間層を形成、大量消費社会を引っ張っていくことになります。

この年、「テレビ受信契約数100万台突破」は「皇太子と美智子さまの婚約発表、長島・王・巨人というプロ野球ブーム・「月光仮面」放送開始」という絶好のイベントを加えることによって大成功することになります。「東京タワー完成」は中間層(中流意識)の確立、大量消費社会幕開けの記念碑ということも出来るでしょう。

敗戦の失望感から抜け出して、日本国もその国民も「明日は明るい日」を信じて努力してきました。とうとう記念碑である東京タワーを満足げに仰ぎ見るに至ったのです。このパターンは、後に続く東京オリンピック(1964年)、大阪万博(1970年)と繰り返されることになります。「物質と観念」の議論、それとも「衣食足りて〜」なのかは別に、どこかで読んだのですが、国民一人当たりの年間所得が1,000ドルを超えると市民意識が芽生える(?)という説があります。当時1ドル=360円として、年間所得36万円。当時は冷戦のまっただ中、1960年の安保闘争から1970年にそのピークを迎える学生運動、反体制運動、市民運動の高まりがみられたのもこの時期でした。1980年代の韓国、そして今、中国で現在進行中なのではないでしょうか。妙に納得させられる説です。

「団塊の世代」はこの高度成長時代に育ち、大量消費を引っ張り、反体制意識を持ちながら1970年前後にホワイトカラーとして社会に出て行った世代。少々うがった見方をすれば、「団塊の世代」が社会に出た時点で、年功序列・終身雇用をはじめとする日本型企業・国家経営が絶頂を迎えたということでしょう。「明日は明るい日」を信じてこれまで生きてきた日本人が、自分の半生を劇中にダブらせることのできる「坂の上の雲」に出会うのは1968〜1972年(昭和43〜47年)のことです。
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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