September 30, 2007

嬬恋、日本のサラダボウル

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「嬬恋(つまごい)」とはいい名前です。神話の主人公としてしか知りませんが、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は大和朝廷による国内平定の英雄として、古事記・日本書紀に登場するそうです。朝廷の命による東征の途中、相模の国に居た神が嵐を呼び彼の一軍は進退窮まりますが、お后が入水して、自らの命と引き替えに嵐を鎮めます。タケルノミコトは妻の死を嘆き悲しみ、その後東征の帰路に立ち寄ったこの地で、亡き妻を追慕のあまり「ああ、わが妻よ、恋しい」と嘆き、悲しんだ故事があるそうで、地名はこれに由来します。今は「愛妻家聖地・嬬恋村」とのことです。

因みに、タケルノミコトが東国の平定を終え、東国を望みながら、なおも亡き妻を追慕して「吾妻はや(わが妻よ…)」と嘆いたことから東国を「あづま」と呼ぶようになったと言うことです。なかなか面白い話です。参照→ Wikipedia

嬬恋ヤマトタケルノミコト、日本の神話の舞台というよりは、どこか外国の景色です。今の季節は一面がなだらかなキャベツ畑が続き、稜線まで遮るものがありません。その向こうは大きな空。スタインベックの生誕地、「エデンの東」の舞台、サリナスのように映ります。さしずめ、嬬恋は「日本のサラダボウル」というところでしょうか。

恥ずかしい話ですが、つい最近まで嬬恋とは、2006年に30数年ぶりに行われたという「吉田拓郎とかぐや姫の嬬恋コンサート」のそれと思っていました。上の話題は群馬県吾妻郡、「〜嬬恋コンサート」のそれは静岡県掛川市と、全く別の場所と知ったのはつい最近のこと。初代「〜嬬恋コンサート」も知っていますから、30年以上も誤解していたことになります。幸いなことに、この誤解を人前でさらすことはありませんでした。

若き、吉田拓郎や南こうせつにとっても、「野外コンサートを…!」の構想は1969年の「Woodstock(ウッドストック)」、ニューヨーク州ウッドストックにある、ヤスガーの農場で行われたコンサートがその下敷きにあったのしょう。ゥ〜ン、やはり、私個人のイメージとしては「〜嬬恋コンサート」は群馬県吾妻郡の嬬恋なのですが…。



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express01 at 19:46│Comments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Music 

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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