September 2019

September 24, 2019

気のせいではなく、歳のせい

 「バブル崩壊(1991 ?)」という日本第二の敗戦、続く東日本大震災、東電福島第一原発事故(2011/03/11)はそのダメ押しでした。それは同時に、私個人にとっても、自分には商売のセンスがあるものと認識していたものが単なる虚構であったことを薄々知りながらも、未練たらしく持ち続けた私への痛烈な一撃でした。

  テニス、飲み会、趣味の話等、何かの目的を持って複数の人が集まったりした場合、これらの例の通り比較的親しい人達との付き合いなので気にならないのですが…、もう少し疎遠な関係な人たちの場合、私はなぜか会話が途切れるのが嫌いで、それを避けるように話題を作って行く癖みたなものを身につけるようになりました。特に、歳をとった最近特に顕著になったように感じます。周りの様子を見て…、相手の出方を見て…、出逢いを待って…、そんな悠長なことを云ってたら、あっという間に寿命に達してしまうでしょう。自分の出来ること、出来ないこと、興味のあること、ないこと…、できるだけ早く相手に知ってもらうことが、残された時間に限りが見えてきた、この歳の私には大事なことのように思えます。

 今年の春、パソコンを買いましたが、自分の残された健康寿命とそのパソコンの寿命を比べてどちらが早いのだろうか…、そんなことを今まで考えたことがありませんでした。それを考える年齢に達したということなのでしょう。夏が終わり、どこかに秋を感じるようになると、大げさに云うと、あと何回夏を迎えることができるだろうか…、逆に言えば、今年の夏も何とか乗り越えた、単なる高齢者の独り言になってしまいます。「人生百年時代」と輝かしい未来が開かれているように錯覚させるキャッチフレーズですが、如何に寿命が延びたとしても、その為には心身ともに健康で尚かつ文化的な生活を送ることが出来る最低の収入が保障されなければなりません。そんな社会が来るはずもなく、少なくとも今、私の年齢考からすれば、少なくとも今まで生きてきた年数に比べれば、今から死に至る年数は短いはず、ましてや、自分が心身ともに健康に過ごせる期間(健康寿命)はさらに短くなります。

Youtube_2008.01.21_5 自業自得と云えばそれまでなのですが、会社人生を途中で辞めた為、本来もらえたかも知れない年金も少なく、既に独立していた子供たちにはともかく、かみさんには申し訳ないことをしました。自分の小遣いぐらいは…と、アルバイトを続けています。

 2007年6月頃(?)、友人のNobuさんと二人で始めたデュオYoutube_2008.01.21_4は、その後ドラムのKunさん、そして最後にベースのMaruさんが加わり現在のThe K.A.Y.A Bandに続いているのです。そのNobuさんと二人で始めたデュオの頃の録音がYoutubeに残っています。演奏の録音だけでなく、画面を見るとその頃には曲りなりに絵を描いていたようです。

    2014年、団地管理組合理事の順番が廻って来ました。今まで現役の間は、隣近所の人も知らず、いわんや自分の住んでいる棟以外は知るはずもありませんでした。元来、私には指導者(リーダー)として資質はないことは自分でもよく判っていましたし、理事長が決まると、私は副理事長の座を自ら手を挙げて志願しました。今まで人任せにして、団地内の人とは全く疎遠で、今までの不参加・不義理を償うつもりで手を挙げたのでした。主な業務は、理事長の補佐並・理事会議事録の作成そして組合員(住民)向け会報誌の発行でした。理事会からのお知らせだけでは誌面を埋めることが出来ず、苦肉の策として、私の描いた絵と同じく私の書いたコラム:『小山田荘を歩く』で何とか誌面を埋めたところ、意外にも好評で、後に喫茶店「嵐が丘」での絵画展開催に繋がることになります。

 ひょんなことで同じ団地の住民と知り合いになり、その彼から団地内コートのテニスに誘われ、仲間に入りました。今や、誘ってくれた彼は既に引退、私も中堅の一人、全員が現役を離れ、悠々と月・木曜日にプレイするようになっています。そのテニスで、出会った人がいます。人生の大先輩、私が若い時に憧れたグラフィックをプロとしてやって来た彼は、絵画だけでなく歴史・文学にも造詣が深く、当地小山田の荘出身の国学者、小山田与清(おやまだともきよ 1783-1847)や俳人、五十嵐梅夫(いがらしうめお)・浜藻(はまも 1772-1848)父子の研究者として活躍されています。彼の蔵書には本当にお世話になりました。もし私の絵にそれなりの評価を頂けるとすれば、彼との出会い、そして彼のプロとしてのアドバイスがあったからです。彼に出会っていなければ、「嵐が丘」での絵画展には臨まなかったはかも知れません。 
 
 この一年を振り返って、この人は「面白そうだから、しばらく付き合ってみようか」と云う人が何人現れたでしょうか?二人現れて、一人と付き合が続けば御の字でしょう。商売の才能はとっくの昔に見切りをつけてしまった私、商売以外、趣味・遊びの世界で自分の存在価値を見つけるべく、もちろん相手の興味・趣味・嗜好には敬意を表しながらも、初対面の相手にも、この人と思われる人には自分の得手不得手・興味の有無を明らかにしようとします。もうそれほど時間は残されていません。

 残念ながら、最近、歳のせいか日本人の美徳とする奥ゆかしさに欠けるようです。

190912_私の居場所

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September 07, 2019

気のせいか、夕暮れも早くなったような

 夏祭りも終わり、気のせいか…夕暮れも早くなったような、毎年この時期、ちらりと過ぎ去った夏を振り返ります。

 お恥ずかしい話ですが、この歳になって初めて「青春」という言葉が他の三つの言葉とセットになっていることを知りました。もちろん「青春」という懐かしい、そして気恥ずかしい言葉はは知っています。中国漢の時代(BC403-BC221)の「陰陽五行説」では、活力・希望に満ちた「青春」の後に、人生真っ盛り、朱(赤)く燃える太陽の「朱夏(しゅか)」、白色と云うよりも無色透明、落ち着いた中年時代を表わす「白秋(はくしゅう)」そして、玄は黒色だけでなく万物の根源・道を表す「玄冬(げんとう)」と云う人生の時期を表わす四つの言葉の、そのうちの一つということでした。

 あれは2010年12月、ベランダに顔だけを出して夕食後の一服をしていると、いきなり、まばゆいばかりの閃光。何故か「来たな!」と直感、「眼底出血」との診断にも驚きませんでした。血管の弱い所、毛細血管が破れたということで、高血圧症の治療を受けてきました。それ以来、禁煙は当然、投薬治療で、3か月に1回の通院で経過を観察、その間毎日朝夕血圧を記録(最高:110-125/最低:65-80)を続けてきました。しかし、昨年(2018年)7月、狭心症(心筋梗塞)を発症、3泊4日のカテーテル手術入院を体験しました。8年間、定期的に健康診断受けながら、医者の指導の下、高額な医療費をかけて、高血圧症の治療を続けて来たはずなのに、高血圧が原因で今度は狭心症(心筋梗塞)を発症とは…どうも合点が行きません。もし高血圧症の治療を受けてこなかったら、もっと早い時期に脳梗塞、心筋梗塞などのが発症していたのかも知れないということだったのでしょう。医療の発達で、確かに、人間の寿命は伸びているし、逆に、寿命が延びたからこそ、いろんな病気に見舞われます。不謹慎な言い方ですが、医学の発達が新たな患者(需要)を作り出していると云えなくもない。

 先日読んだ本に、かつてのベストセラー「ゾウの時間 ネズミの時間」の一部が引用されています。私はこの本を読んでいません。ゾウもネズミも、そしてヒト(人間)も、すべての哺乳類の一生の心拍数は約20億回だそうです(「心拍数一定の法則」)。脈拍数(=心拍数)65/分をもとに計算してみると…65 X 60(=1時間) X 24(=1日) X 365(=1年) X70 = 2,391,480,000…と、私の場合は既に寿命である20億回を優に超えています。 どうも、この法則は怪しいのですが、一方では、私はまさに余生、おまけのような人生の段階入っているとも云えます。

 今年初め、パソコンを買い替えました。それまではOffice 2003のアプリを使っていたので、OSははおそらくWindows XPあるいはWindows 2000だったかも知れず、もしそうだったとすれば、15年以上同じ機械を使っていたことになります。ふと、思ったのが、新しく買ったパソコンの寿命と私のそれとでは、どちらが先に尽きるのだろうか…。似たような話で、団地管理組合の理事で一緒だった彼は冬でも裸足、当然のごとくタバコを吸います。登山で鍛えた体で、餅つき・門松づくりなど行事ごとには積極的に参加。久しぶりに会うと、別人のように、一回り小さくなっています。話を聞くと彼は医者嫌いで、定期健診も受けておらず、最近、肺がんと診断された由。抜けた歯も、入れ歯もインプラント等の治療はしないと云います。ここまで来ると、治療しても自分の体の寿命が終わるのが間違いなく判るそうで、私には言葉がありません。今、彼は自分の経験を活かして管理組合の専門委員会で活躍しています。

 小学生の時、夏休みは長く、ほとんど永遠に近いものでしたが、この歳になると嘘のようにあっという間です。それもそのはず、例えば1歳の幼児の1年はその子の一生ですが、70歳の人間にとって1年は彼の人生のわずか1/70に過ぎません。春・夏・秋・冬で1年が過ぎ、また新しい1年が始まります。こうして人生は、螺旋階段を上るように、季節を繰り返しながら、しかし、過ぎ去った過去とは違う1年を一段ずつ、「青春」、「朱夏」、「白秋」と登り、「玄冬」に至ります。

 
 「玄冬」とは万物の根源・道を表わすそうです。キャリアが長いだけのギターに比べれば、まだ伸びしろがありそうな絵ですが、頑張ったところで、その道の人、「玄人(くろうと)」には遠く及びません。
181231_Lafcadio Hearn


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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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