October 2017

October 22, 2017

散歩の途中<<25>> 夏秋の風景

 ないと言えば嘘になりますが、歳のせいか…欲しいものが少なくなりました(負け惜しみ?)。加えて、わざわざ都内や町田の繁華街に出かけなくても、ほとんどのものがAMAZON・楽天などのインターネット通販で安く買えるのですから重宝するのは当然です。そんなことで、自宅近くで仲間とテニスをし、朝夕の散歩を行い、その道すがら、たまには絵(スケッチ)を描くという、自宅中心とした半径わずか数キロの生活になっています。
 
 「朝日を浴びるのは心身の健康の源」とはかみさんの口癖。彼女は夜明けとともに起きて愛犬のモモと一緒に散歩に出かけるのが一日の始まりです。他のことはともかく、彼女のその言葉には全く同感、朝日には何か意欲を沸き立たせる力を感じるのは二人だけではないでしょう。

140715_蓮田の小山田神社_2 二人(かみさんとモモ)が帰ってくると、入れ違いに私が散歩に出かけます。いくつかのコースがあるのですが、それが定まらない時は、東(正確には北東)の方角、既に太陽は昇ってしまっているのですが、朝日に向かって、先ずは小山田神社に向かいます。歩いて15〜20分の下り坂、お気に入りの下小山田ノ谷を抜けると、蓮田が広がり、その蓮田の海に小山田神社の島が浮かんでいます。柏手を打ち、鳥居を後に、今日はどの道を行こうか…、蓮田の小径を行きます。

 今年、夏・秋にはこんな風景を絵にしました。
この夏の風景
 去年は道に(他人の敷地内ではありません)多くの栗の実が落ちており、特に朝一番で出かけるかみさんの収穫は大きく、連日の栗ご飯でした。朝日を浴びるためだけが目的ではありませんでした。

 残念ながら、この秋は不作、栗ご飯をごちそうになったのは一度だけでした。来年に期待しましょう。

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express01 at 14:21|PermalinkComments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote Drawing | Local

October 13, 2017

『Surfin’ USA』 と『平家物語』その2

その1から続く、井沢元彦著『逆説の日本史 16』にある「識字率」に関する記事の抜粋です。

 13世紀初(?)、『平家物語』の時代、出版などはなく、本は全て肉筆の写本、身分の低い人間には入手困難で、盲目の琵琶法師にはそれを「読む」ことすら不可能。慈円は怨霊を鎮魂して、国の平和を実現することを第一目的に、藤原行長をして盲目の生仏に「教えて語らせ」、鎮魂の巡回僧は地方の津々浦々まで巡り、都の一流の作者が作った面白い物語を、琵琶の伴奏で語る(歌む)。「読み」さえ頭に入っていれば、すぐに読めるようになり、読むことが出来れば「書く」こともできるようになり、こうして「読み書き」ができるようになる。「音曲(音楽)」に乗った言葉ならなおさらである。このようにして、全国津々浦々での、盲目の琵琶法師による『平家物語』の興行は、「怨霊鎮魂の意図」とは別に、日本語習熟度の驚異的な向上をもたらし、室町時代には「太平記読み」という職業を生み、これが「講釈」・「講談」に引き継がれ、江戸時代の日本人の驚異的な識字率に繋がっていく。「門前の小僧、習わぬ経を読む」の通り、子供は難しい言葉でも、小さい頃から節・音曲(音楽)と共に聞かされれば、そしてそれが興味のあることであればいくらでも覚える。まさに「マイ・ルィジアナ・ママ フォム・ノリオリン」です。

 もう一つ日本で特徴的なのは、自国の最高レベルの文芸作品を上流階級及び庶民階級が「共有」しており、国家形成期の『万葉集』は今日の皇室の年頭行事、「歌会始め」に続いている。例えば、近松門左衛門、当時の最高レベルの劇作家の台詞を庶民が暗唱するというのは他国では考えられないことである。ヨーロッパでは『聖書』が古典として「共有」されているが、「読み書き」と「ラテン語」という二重の暗号に縛られていた。これが各国語に訳されたのは14〜16世紀、キリスト教成立から一千年以上経ってから(カトリック教会が聖書を独占するために翻訳を嫌った)、日本の慈円、『平家物語』から3世紀遅れた16世紀、ルターが聖書を讃える賛美歌を作って『聖書』を「音曲(音楽)化」、庶民向けの布教、これが「識字率」の向上を促し、宗教改革をおこなうことになる。

 以上で引用を終わります。

Beach Boys Classics 話は戻って、英語の話。 私は『Surfin’ USA』をバンドで歌いますが、Youtubeのカラオケのカラオケを見ると、英語の歌詞の上にはフリガナがうってあります。50年以上前の曲ですから、「マイ・ルィジアナ・ママ フォム・ノリオリン」と同じく、カタカナで覚えた人もおられたかも知れませんが、「洋楽」好きな私からすれば、見栄を張って、英語の歌詞を読んで歌うのは当然。…が、しかし、あれっ、私の使い古したレパ帳にある『Surfin’ USA』、下の歌詞の部分には、<歌い方>、<言い回し>をカタカナで記入しているではありませんか。

“Surfin’ USA”
Verse1
If everybody had an ocean / across the USA,
Then everybody'd be surfin' / like Califor-ni-a.
You'd see 'em wearing their baggies / huarchi sandals, too.
  ユ        シエム    ウェアリン
A bushy, bushy blond hairdo / surfin' USA.

You'll catch 'em surfin’ at Del Mar / Ventura County Line,
  ユ       キャチエム サーフィン
Santa Cruz and Tressels / Australia's Narabine,
All over Manhattan / and down Doheny way,
Everybody's gone surfin' / surfin' USA.

  『Surfin’ USA』はブライアン・ウイルソン(Brian Wilson)の作とされるが、実際はチャック・ベリー(Chuck Berry1926 - 1972) の『Sweet Little Sixteen』が本歌。ロックンロールは16小節の繰り返し、演歌・歌謡曲の様に「七五調」とは行かず、学校で学ぶ英語と違い、一小節内の単語数が多く、やたら「(アポストロフィー)」で省略されています。2分少しの8ビートの曲、英語の字面(じづら)を追っかけたら、目で確認している間に、曲は流れ去ってしまい、曲に歌詞がついて行けないことになってしまいます。どのような言い回しで歌っているのか頭にたたき込む(覚えさせる)為に、カタカナでメモ(注意書き)しておくのです。

 中学生と言えば、子供から大人へと変わる頃、かっこいいと感じ、「音楽(音曲)」から「洋楽」にはまり込みました。意味の判らない英語の歌声も伴奏と同じく、単なるかっこいい音色でしかなかったのです。「学習」を分解すると、「学ぶ」は「まねぶ」そして「習う」とは「倣う」の意味、特に「語学」は「まねてならう」ことが重要です。好きな「音楽=洋楽」から「英語」を学習できるのですから、これ以上の方法はありません。中学の英語の授業が始まると、ビートルズやビーチ・ボーイズが何を歌っているのか、知りたくて勉強し、授業が楽しくなるのは当然。高校生から大学生になると、自分なりに理解した歌詞の内容から、歌に歌われるアメリカの社会・歴史に興味を持つようになります。日本史は入試目的に丸暗記したのですが、世界史は、アメリカ→その先祖の国、イギリス及びヨーロッパ→その先祖、ローマに及び、次第に日本史も世界史の一つと考えるようになりました。きっかけは「洋楽」との出会いでした。

 外国人とコミュニケーションを取る場合、特に非英語国圏の場合、概ね、英語が多くの国の第一外国語の地位にあり、その意味で英語が順当な言語手段であることは間違いのないことです。英語をしゃべるからと云って、何を共通の話題にするのでしょうか?私の現役時代、仕事柄、英語そのものは不可欠でしたが、「洋楽」の知識はいろいろな国籍の人々との会話を盛り上げるのに大いに役立ちました。彼等も知っている曲を一緒に歌うことができるのです。これが、歌謡曲・演歌が趣味では、ほとんど役に立たないでしょう。

 ごく希に、美空ひばり、北島三郎ファンの外国人もいるかもしれませんが…。

 ※参考資料:『逆説の日本史 16』

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express01 at 08:30|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote History_Japan | Music

October 09, 2017

『Surfin’ USA』 と『平家物語』その1

Surfin' USA record jacket 私がラジオでThe Beach BoysSurfin USAを聴いたのが中学生の時(1963?)。あれから半世紀以上が過ぎた今でも、バンド(私)のレパートリーの一曲になっています。The Beach BoysThe Beatlesをきっかけにいわゆる「洋楽」に入り込んだのですが、 その背景には、時代が「東京オリンピック(1964)」からさらなる高み:「大阪万博(1970)」に向けて好景気は続き、テレビ受像器の普及と共に津々浦々の家庭に「サンセット77」「ローハイド」「ルート66」「ミステリーゾーン」等のアメリカ文化の大波が押し寄せて来ました。 第二の黒船の如きもので、私は中学生になると、それまでの小学校ではなかった、「英語 English」という新科目とThe Beach Boysがほぼ同時に登場したことになります。

 もちろん、歌っている歌詞の意味も判らず、ただ今まで耳にした歌謡曲、民謡、冷戦下のロシア民謡とは全く違う、新しいメロディ・リズムの「洋楽(特にアメリカ音楽)」は、アメリカ映画やテレビ番組のイメージと相まって、私にとってものすごくかっこいいものでした。「好きこそものの上手なれ」の通り、他の科目はダメでしたが…、「英語」だけは好きで、成績も悪くはありませんでした。

  私よりも少し前の時代、「ロカビリー(Rock N’ Roll + Hillbily」が流行し、そのうちの一曲、ジーン・ピットニー(Gene Pitney)の『Louisiana Mama(1961)』、日本では飯田久彦の『ルイジアナ・ママ』がヒットしていました。Verseの最後で繰り返される「My Louisiana mama from New Orleans」が子供心には「マイ・ルィジアナ・ママ フォムノリオリン」、特に「ノリオリン」が強く印象に残っているとは友人の言。これには妙に納得してしまいました。

  

私なりの判断基準ですが、その人の英語能力あるいは、英語を理解しているかどうかを知るには、「音読」、声に出して読み上げてもらえば判ります。単に発音やアクセントだけでなく、どこで文章を切るのか、英語だけではありませんが、「書き言葉」にせよ「話し言葉」にせよ、文章にはリズムがあります。振り返ってみると、英語らしい発音やアクセントの位置、英語らしいリズム…の多くは「洋楽」から学んだように思います。今日、語学の習得方法に音曲(音楽)・歌から入るのは極めて有効な方法とされています。

久しぶりに面白い本に出会いました。井沢元彦著『逆説の日本史 16』です。以下は「識字率」に関する抜粋です。

「江戸文化」の源泉は何か?どれだけ自国語を読み書きできるかを「識字率」と呼ぶが、現在、日本人の「識字率」は99%とほぼ100%と世界一、因みに世界平均:75%(1/4は読み書きできない)、江戸時代における男性40〜60%、女性15〜30%はダントツであったということです。ヨーロッパにおいて、庶民には「本を読む」どころか「文字を読む」習慣がない。グーテンベルグの印刷術の発明が15世紀中頃、16世紀に宗教改革、マルチン・ルター(1483-1546)が聖書のドイツ語訳を出版するが、これが直ちに識字率の向上に繋がった訳ではない。「文盲(差別語)」の人にとって本というものは全く意味を持たない。その前に「教育」が必要だった。

琵琶法師_平家物語日本史の通説では、日本の識字率の向上は江戸時代における「寺子屋教育」の普及が主要因だと考えているが、実は、それ以前の土台作りが存在した。13世紀初(?)の『平家物語』である。通説では作者不明としているが、著者は、吉田兼好の『徒然草』にある通り、『愚管抄』の作者、天台座主慈円(じえん)がプロデュースして、信濃前司藤原行長(物語作 作詞)と生仏(しょうぶつ 作曲 盲目の琵琶法師)に作らせたという。慈円は平家一門、安徳天皇の怨霊を鎮魂するために、二人のスポンサー、プロデューサーとなり、始めから「音曲(音楽)」にして読み書きが出来ない庶民が「文学」を楽しめるようにした。

中世ヨーロッパの農民にとって「読み書き」が出来なくても全く社会生活に支障なかった。マルチン・ルターは多くの賛美歌(キリストを讃える歌)を作り(作詞・作曲)、それまでラテン語で書かれていた聖書をドイツ語に訳した。「音曲(音楽)化」で、「読み書き」出来ない人に「文字を読みたい」という意欲を起こさせたのです。もし慈円自身に作詞・作曲の才能があれば、ルターのように自分で『平家物語』を作ったであろう。

次回に続きます。

※参考:井沢元彦著『逆説の日本史 16

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October 01, 2017

最近聞いたこの曲<13>  "Roll That Way"

  「カントリーぽぃロックが好き」を心情とする私としては、この曲は「どカントリー過ぎる」と躊躇したのですが、思い切ってご紹介します。

Cody Joe Hodges コーディ・ジョー・ホッジス(Cody Joe Hodges)は若くして音楽を始め、テキサスA&M大学寮にいた頃に初めての曲『Daddy's Dream』を書きます。2006年に卒業というこは、彼は1984年生まれか…、現在32歳前後と言うことになります。陸軍に入隊、コロラド州フォート・カーソンに拠点を置く軍のボーカル・アンサンブル:Harmony In Motionに参加して全米を公演。

 除隊後、2010年、電力会社に就職、電線保守管理業務に従事すると同時に曲作りを始め、その頃、バンド:ラインメン(LINEMEN)を結成、2012年に最初のアルバムを発表。彼の音楽は、例えばマール・ハガード(1937 - 2016)ウエイロン・ジェニングズ(1937 - 2002)ウイリー・ネルソン(1933 - )ジョージ・ジョーンズ(1931 - 2013)など、70年代後半と80年代のカントリー・ミュージシャンの影響を受けており、古い世代と新世代の両方に通じるミュージシャンというのが本人の評。

 「一日のきつい仕事を終え、外出して一時を好きな人と過ごす」とは昔からあるスタイル。私が「どカントリー過ぎる」と感じた彼の曲こそ本当の「カントリー」だと思っている人が多いのです。※設置した動画が削除されてしまいました。代わりに、彼の弾き語りによるプロモーションビデオをご覧下さい。
  

      

"Roll That Way" by Cody Joe Hodges

ベイビィ、君はつらい仕事を良くがんばった
毎週40時間も
家に帰って 掃除して
どうやって二人の時間を見つけるのか

だけど、そんなつらい気配を目にしたら
俺はおかしくなってしまう
君の狂気の側面を見て
君がそうやって
そんな風に振る舞うのが好き

<Chorus>
君が髪を下ろし
いろんな悩みや苦労を横に置いて
君が本当にくつろいでいる時
俺は嬉しい 間違いなく君は俺のもの

金曜の夜 二人は外出
君はかわいいドレスを着て
神様が君を造った様だ
そう言ってしまうとフェアじゃない

他の男達は俺の所に
やって来たい だから
君はあいつらに見せつける
そんな風に振る舞うのが好き

<Chorus>
灯りを消して
もう遅いわ 君は言う
君が疲れ切っていると思う時
君は炎に火をつける方法を知っている

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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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