December 2016

December 31, 2016

第8回 かってに、HKX紅白歌合戦

紅白幕_1
第8回HKX紅白歌合戦
紅白幕_1
 バンド活動は、メンバーそれぞれに事情があり、ライブ活動のお誘いもなく、隔週日曜日の練習日さえも確保できず、あまり充実したものではありませんでした。自ずと新曲も少なく、例えば、The Kentucky Headhuntersが歌う『So Sad(To Watch Good Love Go Bad)』(昔のエヴァリー・ブラザーズの曲)を練習中ですが、早い話がカバーのカバー、経過した日数の割にはその完成度が上がりません。主たる原因は私を含めた各自の練習不足と思われます。「打ち合わせ・音合わせ」とは、それまでに各自が練習した結果をその場に持ち寄って調整するもので、けっして練習の場ではないとはプロの言。辛うじてこの曲が紅白出場です。 

 バンド活動に比べて俄然面白かったのがストリーム・ラジオです。今まではこの歳になって新しく曲を発掘するなど想像も出来ませんでしたが、今までは知らなかっただけで、多くのお気に入りを見つけ出しています。この3〜4ヶ月の間に2千百曲を録音(ダウンロード)、その中から「これッ!」という130曲をiPhoneのプレイリストに収録、朝夕の散歩の時に聞いています。今年の『かってに紅白歌合戦』はこれです。

『Galveston』 by David Nail & Lee Ann Womack
『Still Rollin'』 by  Gretchen Wilson
 
『Sand 』 by Aaron Lines
『Single Thing In Mind』 by Conway Twitty

 私のギターの技量では15分ぐらいしか持たないのですが、リード、あるいはバックコーラスを含めて練習して「打ち合わせ・音合わせ」に望み、積極的にライブに参加したいと思っています。また、ギターの技量向上をこの私に望むのは難しく、基本的にはコードを刻むだけなのですが、これにちょっとした経過音(?)を加えて、ソロでもギターの伴奏で歌えるように、出来れば近所に住む同好の人達とサークル活動をしたいと思っています。

 ますます団地内に引きこもってしまいそうですが、バンド活動だけは積極的に外に出て行きましょう。
 
 みなさん、よいお年を!
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December 30, 2016

私の絵

 今年5月、2年間勤めたの管理組合理事をその総会終了とともに終えました。以前にも書いた通り、終了後、一人の女性が私の席にやって来ました。私は組合員(=住民)向け広報紙の制作を担当、紙面を埋めるだけの記事も集まらず、私の描いた絵と私の書いたコラム:『小山田荘を歩く』で何とか紙面を埋めていました。彼女は私のコラムの大ファンだったそうで、どんな人が描(書)いたのか会ってみたいと、総会に出席されたのです(本人を見てがっかりだったかも…)。私の絵に客観的な評価をしてもらえる先輩の友人に加えて、この彼女のように、私の絵のファンが幾人かが現れたことは大変嬉しく、心強く感じた1年でした。
今年前半
 バンド活動に比べて、完成度が上がったのは「絵」です。私は建物を含めた風景を描くのが好きなのですが、多くは描き手である私と対象物である建物・風景が同じ平面に立っていたのですが、今年は階段の上・下、高低差のある風景を描いてみました。もう一つは、その風景の中に、かねがね人間を入れたいと持っていたのですが、人間を描き加えた途端にに、その絵全体を元も子も台無しにしてしまった苦い経験が一回や二回ではありません。その失敗のトラウマを何とか乗り越えられたような気分です。
今年後半
 先日、団地の掲示板に『仲間募集!絵を一緒に描きましょう』のチラシを見つけ、早速入会しました。入会しただけで、まだ絵を描く場面ではご一緒していませんが、来年はこのサークルで展示会を開くことができれば良いのですが…。
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December 22, 2016

最近聞いたこの曲<3> "Single Thing In Mind"

              
 今年、始めたのが「Station Ripper」、何回かご紹介しましたが、そこで見つけた「New Country Music Box」というドイツの放送 局、そこでかかる曲はアメリカのロックぽぃカントリー、ドイツ人が選曲したアメリカのカントリーを日本人である私が気に入って聞くのですから不思議なものです。既に2千曲を収集、iTuneからiPhoneへ転送、散歩の途中で楽しんでいるのですが、最近、妙に気になる曲があります。『Single Thing In Mind』by George Molton、曲・歌手共に全く知りません。

Conway Twitty 新曲か…と、Youtubeでこの曲を検索してみると、Conway Twittyという私以上に老いた歌手が登場するではないですか。驚くことに、彼の曲をカバーしたものでした。誠に恥ずかしい話しですが、私は今まで彼の事を全く知りませんでした。コンウェイ・ツウィティ(Conway Twitty 1933-93)、当初は、プレスリー、ロイ・オービソンに同じSUNレコードに在籍したのですが日の目を見ず、その後はロックンロール(ロカビリー)界に10年間、カントリー・ミュージック界では25年間、大きな業績を残しました。スタジオアルバム:60枚、ライブ・その他のアルバム:19枚、シングル:110枚を出し、そのうち全米1位:44枚、全カナダ1位:49枚を数えるほどの著名なミュージシャンで、1993年に亡くなっています。
    
 Youtubeで彼の曲を聴くと、何曲かは聴いたことがありますが、時代的にロイ・オービソン、プレスリー、ジョージ・ジョーンズと同時代、ほとんどは、私の毛嫌いする「ど・カントリー」です。ジョージ・ジョーンズの『Hello Darlin』ブレイク・シェルトンの『Goodbye Time』  など、多くのカントリー歌手にカバーされています。  高校生の時、クラスの女の子が『Rainy Night In Georgia』がお気に入りだったのですが、これもコンウェイ・ツウィティの曲とは知りませんでした。

 そんな大発見のある「Station Ripper」の放送局:「New Country Music Box」なのですが、ここ1ヶ月前ぐらいから、どうも様子がおかしいのです。私のパソコン側に問題があるのか(ファイヤー・ウォールあるいはアンチウイルスソフト:McAFeeの設定)、送り手側の問題なのか、元来著作権侵害ということで日本向けに規制がかかっているのかも知れません。けれども、今まで録音(ファイル保存)出来ていたものが、突然不可能になったのはどうも解せない話です。

 どなたか読者の中で、放送局:「New Country Music Box」を聞く方法をご教授してもらえる方はおられないでしょうか。是非ご一報下さい。
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express01 at 22:20|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Music | PC and Web

December 08, 2016

庵の窓の外は…<2> ルネッサンス

              
銀閣寺窓  日本に禅宗が伝えられたのは鎌倉時代であり、武士・一般庶民に広まり、室町時代に幕府の庇護の下で発展しました。といっても、禅宗が定着したのは京都・鎌倉・博多ぐらい、 当時の日本人にとっては、禅文化は異国趣味の、流行の最先端を行く、これほどまでに日本的ではない文化はありませんでした。深い教養を必要としない禅宗及びその文化:喫茶はぱっとでの武士・一般庶民に広まり、当初は闘茶・茶寄合など自由狼藉・バサラの文化でしたが、次第に変貌、洗練されて「わび・さび」・「枯淡の美」を表現する、茶の湯、生花、書画、建築、現代日本文化の源流である室町文化に発展します。

 14〜15世紀、 茶の湯の舞台である書院座敷は大型化と小型化と対局する方向に分化し、 後者は禅宗の隠者的在り方が強く影響し、四畳半という小世界に在って無限の自由を追求するというもので、16世紀には四畳半の草庵茶の湯が泉州堺の商人衆を中心に行われるようになります。人里離れて隠遁するのではなく、都市の中に数奇にふさわしい茶の湯の家を作り「市中の山居」を楽しんだのでした。

 摂津河内和泉三国の境という意味の堺は明、李朝鮮、東南アジアとの貿易で大いに栄え、財力を成した商人が次第に領主権力を排除、会合衆を中心に自治的な都市運営を行っており、環濠を巡らし、自衛・武装していました。当時の宣教師は堺をブェニスに匹敵する自治都市と紹介しています。利休の師、武野紹鴎(たけのじょうおう1502-1555)は一向宗徒(浄土真宗)から禅宗に改宗(?)、貴賤平等を唱え、茶の湯では同じ高さの位置、同座する平座を提唱、床の間から身分の高い人が座るというの本来の機能を奪い、掛け物、生花という座敷の意匠の中心に据えた。不必要なものを思い切って省き、室町将軍殿中の唐様飾りを数奇の茶の湯から排除、明治から3世紀も昔に人間平等・四民平等を唱えたのは革命的です。虚飾を捨て、自己を開放し、人間らしさを主張する、言葉を換えれば、大変動の時代に在り、従来とは全く異なる価値観・倫理観を持ち、社会的な束縛・因習を破って、自分の自由意志で行動する新しい人間が生まれたことを示しています。これは正にイタリアで始まった ルネッサンスを貫く思想、「人文主義(humanism)」です。 
 
 大航海時代による貨幣経済、重商主義経済の発展は文化面、特に宗教面に現れます。 ミケランジェロ_ダビデ像ドイツでは、ルターが痛烈な教会批判を行い(1517)、フランスではカルヴァンが国王に叛旗を翻し(1536)、イギリスもカソリックを離脱して新しくイギリス国教会を作ります(1534)。「人文主義(humanism)」が「宗教改革」をもたらしたことになります。ルネッサンスは、13世紀後半、ダン ザビエルテ(1265-1321)に始まりミケランジェロ(1475-1564)に終わりますが、このミケランジェロとフランシスコ・ザビエル(1506-1552)とは正に同時代です。カソリック教会のイグナチオ・デ・ロヨラ、ザビエル等6人が、プロテスタントによる宗教改革運動に対抗して結成されたのがイエズス会(1537) であり、その意義は、宣教のみならず、ルネサンス後期の「人文主義(humanism)」に基づき、世界各地における高等教育機関の運営に積極的に取り組んだことです。1549年、そのザビエルが日本に来訪してキリスト教が正式に日本に伝わります。ザビエル来日(1549)から約40年で(秀吉によるバテレン追放(1587))キリスト教信者数は20万人を越えています。 今日のカソリック及びプロテスタント信者数は1百万、人口のわずか0.8%にて、当時の人口(12百万)の1.6%(今日の倍の比率)がキリスト教徒であったことは驚異です。

 千利休(1522-91)、堺の商家に生まれ、家業は納屋衆(倉庫業)、祖父:千阿弥が足利義政の同朋衆で、その一字をとって千家を称した。武野紹鴎を引き継ぎ、禅の精神である「和敬静寂」を根底に、簡素・静寂・清浄を旨とする数奇茶、茶の湯を大成、1585年、利休居士と名乗る。堺町衆の茶の湯好み(茶数奇)が戦国武将と町衆茶人と大徳寺禅宗とを結びつけることになります。そして戦国武将の少なからぬ人数が、当初は南蛮貿易を行う実需のためにキリスト教に改宗する大名もいましたが、次第に近畿地方の大名にも真の信仰を行う改宗者が現れます。 利休の高弟にも蒲生氏郷(レオン)、細川 忠興(その正室ガラシヤ)、高山右近(ジェスト)、大友宗麟(フランシスコ)、黒田如水(シメオン)等のキリシタン大名が少なくありません。鎌倉時代に遡る武士道の精神、禅を母胎とする茶の湯の精神、キリスト教徒の求道精神、これら三つに通じるのは清貧の精神であり、物欲からの脱却し開放を指向することです。

 よく指摘されるように、茶の湯の約束事には多くのカソリック的要素が見られます。茶の湯の「にじり口」⇔「狭き門より入る」、利休の杖とカソリック司教杖との類似、利休が考案した愛用の雪駄はイエズス会修道士の履き物にヒントを得た、茶と茶菓子⇔ミサのパンとワイン、濃茶を回し飲みした後に茶碗を拭う作法⇔ミサのコミュニオン(Communion 聖体拝領 聖拝でワインを回し飲みする)の際に聖杯を拭う作法、「一味同心」の交わりという理念⇔ミサのコミュニオン(Communion 共同体の意味)等が類似点ですが、「茶室」⇔ミサの「祭壇」、床の間の書画・生花⇔ステンドグラスの窓、絵画・彫刻が対照的です。

 堺の町衆だった武野紹鴎、同じく彼を継承した利休が「茶の湯」を完成した。これが、一千数百年もの歳月をかけて磨き上げられてきたカソリック儀式のミサに匹敵する芸術的・宗教的所作あるいは儀式とは全くもって驚異な事です。地球の西の端と東の端、それぞれが別個の起源に発し、別個な道を辿りながら、膨大な年月をかけて到達したものが、一方のカソリック儀式のミサであり他方の「茶の湯」だった。…とは信じがたいことです。彼は「自治都市」堺の出身、この町は遠くヨーロッパにも開かれていたはず、彼はヨーロッパが「ルネッサンス」から「大航海時代」・「宗教改革」に至る様子を知って…、あるいは気付いていたのではないでしょうか。利休は、彼の弟子達と同じく、キリスト教徒だったのか…、そうでなくとも、知識は十分にあったはずです。

 あるいは、禅宗そのものに大きなキリスト教的、現代にも通じる「人文主義」的要素があるのでしょう。『路上にて On The Road』を書いたジャック・ケルアック(Jack Kerouac、1922-1969)は禅ismを散りばめた小説を書き、60年代後半に始まる対抗文化:ヒッピー文化の一つの中心に位置し、ボブ・ディランにも影響を与えました。ジョージ・ルーカスの『STARWARS』日本の禅が色濃く、アップルのスティーブ・ジョブズに至っては禅宗徒(曹洞宗)、禅僧であったのはご存じの通りです。

 混乱の戦国に生まれた「茶の湯」、近世・近代をぐーっと手繰り寄せます。
※参考:山田無庵『キリシタン 千利休 』 増淵宗一『 茶道と十字架 』 児島孝『数奇の革命 』 五野井隆『大航海時代と日本
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December 01, 2016

庵の窓の外は…<1> 大航海時代

                 
窓の外  「茶の湯」は禅宗に起源をもち、やがて追随しがたい小宇宙とでもいうべき日本独自の様式を作り出したと云われています。

 マルコ・ポーロ(1254〜1324)は、元の時代、中国に滞在してしていた時に話しに聞いたという「黄金の国、ジパング」。  日本では初めての武家政権、 鎌倉幕府の時代、そのかつての「黄金の国」奥州平泉藤原氏は既に滅亡しています。それから2百年、コンスタンチノープルは既に陥落(1453)、東地中海はイスラム勢力下にあり、ポルトガルは地中海から敗退したジェノバ商人の力を借りて海洋貿易立国を計り、西地中海では「レ・コンキス Age Of Discoveryタ」が完成(1492)します。 こうして、ポルトガルはアフリカ大陸西海岸を次々に占領して南下、1497年にはバスコ・ダ・ガマが喜望峰を周りインド航路を開拓します。  同じくイベリア半島にあるスペインの支援を受けたコロンブス(1451?〜1506)は、1492年、「黄金の国、ジパング」を目指して大西洋を西に向けて船出します。「ポルトガル人はカルカッタ、マラッカを越え、マカオ、1541年には豊後に辿り着きます。日本に鉄砲そしてキリスト教を伝えたのも彼等でした。

 この頃からでしょうが、ヨーロッパでは陶器・焼き物は「チャイナ china」と呼ばれるように、優れた陶器は中国から輸入されました。  後に、日本の漆工芸品、特に蒔絵が珍重されて、漆器は「ジャパン japan」と呼ばれるようになりました。もし、「漆器・塗り物の国、ジパング」が流布されていたとしたら、アメリカ大陸、新世界の発見は遅れていたかも知れません。

 日本独自の様式を作り出したと云われる室町時代(1336–1573)は、政治的には武士が公家を圧倒、文化的には大陸文化と日本文化、公家文化と武家文化など諸文化の融合が進展し、禅宗を母胎とする簡素な、枯淡の美しさ、「わび・さび」と伝統文化における風雅、幽玄が精神的な基調をなしています。「応仁の乱(1467)」以降も足利室町幕府の余命は保たれてはいるが、もはや統治能力はなく、群雄割拠の戦国時代、信長が最後の将軍:義昭(1537-97)を追放しながらも、「天下武布」完成を目前にして「本能寺の変」に倒れます。その後を継いだのが秀吉でした。

 時代は婆娑羅(バサラ)から下克上、戦国騒乱の時代、社会は大変動が起こっていました。喫茶の習慣は禅宗が中国から持ち込んだ文化でしたが、初期の茶は後に利休が完成させた「茶の湯」とは全く異なるもので、饗膳・飲酒の席にふるまわれ、茶を飲んでその銘柄を当てる博打(闘茶)が行われ、その乱痴気騒ぎぶりを足利幕府も規制したほどです。座禅を組むだけで往生できると説いた禅宗は武士・庶民の間に広まり、和歌管弦には高い教養が不可欠ですが、喫茶は成り上がりの武士や誰にでも出来るものでした。「茶寄合」の文化は自由狼藉・無礼講(バサラ)の世界と云えるでしょう。「数奇」は「好き」の当て字、伝統的な風流・風雅を加味して、当初は和歌を指したが、やがて「茶の湯」を指すようになった。偏執的な行為の許容だけでなく、常軌を逸する行為、習慣やしきたりなどの社会的制約に束縛されることなく、自分の欲するままに自由に行動することを意味し、「茶の湯」が「数奇」と呼ぶにふさわしい内容と性格を持つように洗練された事を意味します。

 日本を訪れた宣教師は日本人がなぜ古い釜や土製の器を、ヨーロッパ人が宝石・貴金属をそうするように、宝物として扱うことを理解出来ず、ヨーロッパ宮廷文化で磁器・漆器が重宝がられるまでにはあと百年を待たなければなりません。

※参考:増淵宗一『茶道と十字架 』、児島孝『 数奇の革命―利休と織部の死
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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