September 2015

September 21, 2015

絵はがき

白河関 sketch_2 如何ですか左の絵、孫が描いた絵ではありません。私が、小学生の絵の授業以来何十年ぶりかに、描いた絵です。「3.11 東日本大地震」から1年が過ぎた2012年5月、犠牲者への鎮魂の思いを込めて訪れた「白河の関」、私以外には人影はなく、これ幸いに描いた絵です。自己流で始めた絵ですが、皆さんに喜んでもらうようになり、今では私の生活に欠かせない趣味の一つになっています。絵はがき 白河の関

 一人で出かける散歩や、ちょっとした旅行にはF0サイズ(A5の一回り小さなサイズ)のスケッチブックを持って行くのですが、近くに人がいると気が散って、描こうという気持ちが沸いてきません。私の場合、たかが小さなF0サイズですが、いくらがんばってみても、完成するのに小一時間かかり、現場で完成に至ることは希です。描き始めると同時に写真を撮り、現場のスケッチは10〜15分のみ、残りの工程は帰宅して写真を見ながらの作業となります。小さなサイズでこれですから、大きなサイズの絵を描くにはどうするのでしょうね…、私は最大A4サイズまでしか描いたことがありません。
5枚の絵はがき
 使用する画材も手頃なものばかり、スケッチブックはマルマンの「Art spiral」にぺんてるの筆ペン、水彩絵の具は18色セットを近くのカインズ・ホームで購入すれば安いものです。中でも筆ペンは最高に便利、誰が開発したかは知りませんが、少なくと子供の頃はなかったもの、手入れが簡単で、0.1mmの線画を引く三菱鉛筆の水性ペン(耐水性)と並んで、重宝している道具です。もう少し手頃になれば、「Cotman」、「VIFART」の細目を使いたいものです。

 ホームセンターの一つの棚があるということは、それだけの需要があると云うことです。需要の大きな部分は「絵手紙・絵はがき」でしょうか? 暇をもて遊ぶ老人が、もちろん私もその内の一人ですが…、そんなに絵心がなくても、その大胆な構図さえ決まれば、多少の幼稚さはむしろ味、とばかりにブームが続いているようです。 友人の一人は絵が上手く、なお且つ、10〜15分で絵を描き上げてしまいます。彼と二人で行った近江国の旅、その途中で絵を描いたのですが、彼はそのときに描いた絵に言葉を添えて送ってきます。これには感激してしまいました。もう一つ、 以前から感じていたのですが、ハガキの宛名面は受取人・送り人両方の住所・氏名を記入したとしてもスペースが余ってしまう、どうもデザイン的に両面ともにすっきりしません。もう一人の友人は、官製ハガキに絵を描いて、言葉の多くは宛名面の半分下を使うのはなかなか良いアイデアにて、言葉も適当に少なくて読みやすく感じます。

 当初は全く馬鹿にしていた「絵手紙」ですが、ただ絵を描くだけで終わらせるのはもったいない、何か描いた絵の利用法はないものか、と考えた結果がこれです。スキャナーで絵を取り込み、その絵を一面に印刷、宛名面下半分には10〜10.5の級数を使えば2百〜3百文字を並べることはごく簡単、落款(?)も絵文字の要領で作成、字の下手な私にとって、編集の効くパソコン入力は大の味方、もらった方も、オリジナルの絵ではないにしろ、絵をもらって嬉しくない人はいないでしょう。
絵はがき 栗の実
 今年は栗が豊作だったようです。朝夕、愛犬モモと一緒に散歩するかみさんは(垣根の外、道路に、…念のため)落ちている栗の実を拾って来ます。例年になく、栗ご飯をごちそうになっています。
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express01 at 20:25|PermalinkComments(5)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote Drawing 

September 09, 2015

奇しくも同時期、モンゴルとサムライの勃興

 伊豆衝突2千万年前、伊豆は遥か南方の海底火山でしたが、徐々に北上し、60万年前、遂に本州に衝突し、急峻な伊豆・箱根・丹沢山地が誕生しました。

 地球の歴史から見ればほんの少し前、たかだか5千年前、四大文明が誕生、やっとのことで、人類は文字を用いて歴史を刻み始めました。 独自の進化・発展をしてきたそれらの文明世界ですが、12〜14世紀、ユーラシア大陸にモンゴルが勃興、東の中国文明世界と西の地中海文明世界に跨がる巨大帝国を作り上げます。ユーラシア大陸におけるモンゴル帝国の出現は人類史上画期的な出来事であり、パクス・モンゴリカが本当の意味での「世界史」を実現したと云えるでしょう。
mongol empire
13世紀モンゴル帝国および主要交易ルート

 奇しくも…、ユーラシア大陸が東の海に没する日本列島では、そのモンゴル勃興と同時期、伊豆衝突で出来た伊豆・箱根・丹沢山地、秩父そして碓氷峠につながる大きな山塊の東、坂の東に、「坂東武士」が誕生します。今日、日常的に使われる言葉:「一生懸命(いっしょうけんめい)」、元来は 「一所懸命」、自分の領地(一所)を命懸けで守る、という論理でした。「名こそ惜しけれ」、卑怯な振る舞いを蔑む精神と表裏一体して、半独立国家を形成、後の「鎌倉幕府」につながっていきます。日本人の精神構造の重要な部分はこの地、この時代に形成されました。

 こうして鎌倉幕府(1192)が誕生、以降、武士(サムライ)は、中国・朝鮮とは全く違う社会を作り出し、8百年もの長きに渡り日本を支配、その違いは江戸時代に決定的となります。 日本人でありながらアジアを理解しない、明治期の「脱亜入欧」思想はこの歴史に由来します。徳川幕府の江戸時代、絶対的な立法・行政権(特に徴税・軍事・警察権)を持つ支配階級にその社会の富が集中するはずなのですが…、支配階級である武士は時の経過とともに相対的に貧しくなり、商人が経済的に力を増してくるという、まさに商品経済の大きく発展する時代、「商人の時代」でした。全人口の5〜7%を占める武士は、ヨーロッパにおける初期プロテスタントの如く、自律的で、潔く、公共への奉仕精神を持ち、被支配階級の農民・商人・職人から尊敬されていました。 武士は学問をする階級(知識階級)であり、商人など庶民の子弟は、基礎学力として、読み・書き・算盤を学び、幕末の識字率は70〜80%に達しました。商品経済の発展は人間を現実的、物質的にし、学問は実証的になります。近代資本主義の萌芽は既に江戸時代に始まっていました。因みに、現在のイラクの識字率は40%、アフガニスタン36%と、2百年前の日本より低いことになります。

 現在も伊豆半島はフィリピン海プレートの最北端部に在って、本州が乗っているユーラシアプレートの下に沈み込んでおり、東海・東南海・南海地震が発生する原因と考えられ、箱根大涌谷火山活動の活発化から、遠くない富士山噴火も予測されています。

※参考:司馬遼太郎『十六の話 』 西尾幹二『地球日本史

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express01 at 10:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote History_Japan | History_World
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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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