July 2015

July 30, 2015

夢とうつつの境目、釈迦堂切通

 かつてはワンダーフォーゲル部に所属、歩くこと自体が好きな彼ですが、私はそれほど興味がありません。そこで彼の見せる私への気遣いが、歴史の一幕として登場する所を歩こうという提案で、私も中仙道、馬籠宿・妻籠宿に行くのを楽しみにしていました。ところが、彼から連絡あり、この小旅行を前に、山仲間との四泊五日の登山から久しぶりに帰ると急に膝が痛み出したので、大事をとって中止を伝えてきたのでした。

 島崎藤村の小説:『夜明け前』には「桜田門外の変(1860)」から4年後、武田耕雲斎を総大将とする天狗党800人余は、幕府追討軍の追尾を受けながら、頼りとする水戸本家筋の慶喜の居る京都を目指して整然と通過するのが描かれています。残念ですが、次会に譲りましょう。

釈迦堂切通 このままでは7月は、何もしないまま…、終わってしまいそうです。ということで、思いついたら一人で即実行できる鎌倉切通巡りに出かけることにしました。近所に住むIkeさんには巨福呂坂、化粧坂そして朝比奈切通に連れて行ってもらっているので、今回はお手軽な釈迦堂切通です。鎌倉駅の東、鶴岡八幡宮の参道:若宮大路を挟んで東側に位置する妙本寺の裏側にあるとは下調べしていたのですが、歩いてみるとよそ者には全くの迷路、お店の人も「次の信号を左折して、誰かに聞いて」…、住宅地の最深部、最も奥まった所に、無粋な二重の立ち入り禁止のフェンスに阻まれた切通を見ることができました。結果は…、見つからないよりマシといった感じで、感激にはほど遠い景観です。
 脈絡がなくて掴み所のない…、得体の知れない映画:鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン(1980)』の舞台です。夢と現(うつつ)、幽界と顕界、此岸(この世)と彼岸(あの世)の境目が釈迦堂切通なのです。時代は大正、藤田敏八演ずる青地は陸軍士間学校の教授、原田芳雄演ずる中砂は病的な放浪癖、二人は友人関係、彼らの住居の間に釈迦堂切通があります。二人は旅の途中で大谷直子演ずる小稲:芸者と出会う。中砂は園という女性と結婚するが、園と小稲は瓜二つに似ています(大谷直子の二役)。二人の間には豊子という女の子が誕生、まもなく園は死んでしまいますが、そこに乳母として入ってきたのが小稲でした。この辺で、映画を見た当時、今でもそうですが…、私は訳が判らなくなってしまいました。
 
 伏線か…、盲目の門付芸人が現れます(実はこの「門付(かどづけ)」という言葉を今回初めて知りました)。琉球舞踊のカスタネット「四ツ竹」、琵琶を伴奏に卑猥な歌を披露する旅芸人。男二人、女一人、年長の男と女が夫婦なのか、若い男と女がそれなのか…、病的な放浪癖の中砂は彼らの後を追い、桜吹雪の中、麻酔薬を誤吸引して死んでしまいます。

 何年かが過ぎ、残された母子、小稲と豊子が青地を訪ねてきます。釈迦堂切通を通って、それも決まって…、逢魔が時に。中砂が生前、あなたに貸した本を返してくれという。なぜ、本のタイトルを知っているのかと聞くと、娘の豊子が夢の中で、死んだ中砂の声を聞くと言う。ある日、「あなたに貸したサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』を返して」とやって来ますが、中砂と一緒に聞いたがレコードを借りた記憶がありません。レコードを発見した青地はそれを借りた青地の妻と中砂の関係を知ることになります。レコードを返しに小稲を訪れ、『ツィゴイネルワイゼン』を聞く二人。辞去して釈迦堂切通をくぐると鶴岡八幡宮の太鼓橋、園子が立っています。この辺になると、誰が生きていて誰が死んでいるのか、何が何だか全く判らなくなってしまします。
  誤って録音されたサラサーテの肉声は園子にも聞き取れなかったのでしょうか。 「ツィゴイネルワイゼン」は「ジプシーの旋律」の意味のドイツ語、サラサーテ自身がスペイン人でありジプシーの文化の継承者です。一方の盲目の門付旅芸人は遠く平安時代の傀儡(くぐつ)、さらには渡来人集団:秦氏に繋がり、彼らはさらに西にあった文化、ジプシーに一脈通じているのかも知れません。
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July 18, 2015

散歩の途中<11> 蓮田の中の小山田神社 

 絵を描き始めて3年になりますが、ほとんどの絵は、ハガキよりも大きく、A5よりも小さい、F0サイズです。これに小一時間もかかるのでは、集中力が持続するはずもなく、現地で完成するのは無理な話です。写真を撮り、仕上げは自宅に帰って、その写真を見ながら完成する有様です。恥ずかしい話ですが…、年とともにトイレの頻度も高くなり、そんなに長い間一カ所にたたずんで居る訳にも行かない…、というのが正直な話です。先日、こんな本を見つけました。山田雅夫著『15分で描く海山のはがき絵36景 』、ただいま勉強中です。

 そんな訳で、早速、実際に試してみるべく訪れたのが「小山田神社」です。手頃な散歩コースなのですが、この時期、神社の周りの蓮田の花が咲くのは何時か、何時か…と、普段はうらさびしい田園地帯に訪問者が急増します。その前に、台風11号が日本海に抜けた昨日の夕方行ってみると、やっぱり開花はまだちらほら、私以外の訪問者はありません。鳥居の横に立って目前の蓮を描いたのがこれ…、勉強の成果は未だ出ていませんが…。
150718_小山田神社蓮田
 「嶽の内御前神社」とも云われ、平安末期、此の地「小山田の庄」を有した小山田有重の奥さんが祀られているそうで、大きな蓮田の中にぽつんと鎮座しています。その時代、馬の放牧が盛んで、「馬場」、「馬駆」、「牧畑」などの地名にその痕跡があります。一方では、この辺りから横浜にかけて、丘陵地が雨や川によって浸食されてできあがった谷が「谷戸(やと)」と呼ばれます。雨は丘陵や尾根を伝って谷戸に流れ込み、湿地を作ります。人々はこの湿地を利用して水田を作ってきました。稲作が大規模化されるのは後世の話、それまでは、むしろ谷戸の高低差を利用した水利用が稲作に適してていたそうです。そんな稲作も、寄せる都市化に抗することが出来ず、神社の周りの田んぼは町田市の借り上げとなり、広大な蓮田として運営されています。

 下は、昨年の今頃に描いた絵です。来週末には満開の蓮を見ることができるはず…、お近くの方には一見の価値があります。
140715_蓮田の小山田神社_2
140715_蓮田の小山田神社
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July 09, 2015

ギリシャ危機と「ルネサンス」 

BBC地球伝説 EUが求める緊縮策の是非を問うギリシャ国民投票が行われ、当初は賛否拮抗するかと思われていましたが、61%が反対とはいう予想以上の結果でした。お白州に引き立てられたギリシャが、壇上で見下ろすEU、最大の支援国:ドイツを前に、「厄介者扱いの上に言いなりはまっぴら」と、もろ肌脱いで開き直っている様子です。

 第1回大会がギリシャ・アテネで(1896)、21世紀初めての第28回オリンピックも同じアテネで開催(2004)されたのは記憶に新しいところです。レスリング競技の一つ、グレコ・ローマンスタイル(Graeco-Roman)は文字通り古代ギリシア・ローマの伝統に由来しているかのように聞こえますが、19世紀、イタリア人やフランス人が現代のスポーツと古代のものとの関連を見出すことで付加価値を付けただけのもので、彼らの古代ギリシア・ローマへの憧憬が現れている好例でしょう。

 芸術、哲学、 科学が花開き、民主主義が芽吹いた古代ギリシャ文明(紀元前6〜3世紀)を、古代ローマ文明と並んで、強く憧憬する西欧人は14〜15世紀、古代ギリシア・ローマの学問・知識の復興を目指す「ルネサンス」がイタリアで起こり、各国に影響を及ぼしたと言われています。かつて、ゲルマン人が北方から侵入、西ローマ帝国を崩壊(467年)させます。彼らは、キリスト教を利用して、自分達より高度な文明を持つ先住民族(旧ローマ帝国市民)を支配・統治したのです。一方、東ローマ帝国(395-1453)は、首都をコンスタンティノポリスとし、7世紀に始まるイスラム勢力の進出で後世ビザンツ帝国と呼ばれますが、1453年、オスマン・トルコにより滅亡、首都名もイスタンブールに変わります。

 「ルネサンス」の時期、古代ギリシャ文明からすでに1千年以上も経過しており、地理的に見ても、文明の存在したギリシャを含む東地中海は完全なイスラム圏となっています。当時の西欧知識人は、単に、東方文明、特に優越したイスラム文明(アラビア語)を通して遠い古代ギリシャ文明を知ったのであり、民族・国家として古代ギリシャ文明を継承してきた訳ではありません。古代ローマ文明がイタリア人・フランス人などラテン系のルーツ・拠というのは理解出来たとしても、ドイツ人のそれではありません。かつて、西ローマ帝国に侵入したゲルマン人、その後のドイツ人は古代ローマにも、況んや古代ギリシャ文明には全くと言ってよいほどに繋がりません。それ故か…、ドイツ人は狂ったようにギリシャ崇拝に走ったのです。「ドイツ人の間では、フランス人・イタリア人への対抗故か、ローマ史やラテン語よりもギリシャ研究の方が人気が高かった」そうです。ギリシャの側も近代国民国家を作る過程でこの「ヨーロッパ文明の精神的故郷」のイメージを利用して、国家のアイデンティティーとしました。

 「ルネサンス」は、美術の領域ならいざ知らず、単なる西欧人の思い込み、憧憬に過ぎないのかも知れませんが、西欧はこの幻想の「ルネサンス」に続いて「宗教改革」を共同体験しますが、ギリシャは全くの埒外にありました。加えて、彼らは、ローマ教会ではなく、東方正教会:ギリシャ正教、ロシア正教に近い存在です。

 EUは自らの精神的故郷でアテネ・オリンピックを開催、過剰な投資であぶく銭をもうけ、祭りの後に残ったのは見事なまでの「廃墟」です。「ヨーロッパ文明の精神的故郷」:ギリシャはEU離脱をちらつかせていますが…、果たしてヨーロッパとは何か?、…考え込んでしまいます。新国立競技場

 気取っている場合じゃありません。他人の心配よりも…、借金の上積み、2520億円もかける国立競技場建設の方が深刻です。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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