February 2013

February 19, 2013

外は真冬

パソコンのWindows 7への移行も一段落、先日購入した中古のスキャナーの設定も、未解決な点はあるものの、ほぼ完了、本当はやらなければならないことがあるのですが、いつもながら、好きではないことには手を付けずに先送り、しばし忘れて…、前回の『西の大海と東の四畳半』の続きを書こうか…。そんなエネルギーもなく…、窓の外は今朝、雨から雪に、次第にその雪のつぶが大きくなっています。この冬4回目の雪か…、めったに凍らない近所の池に氷が張るのは珍しいことではありません。「年寄りが、この寒空に転んで怪我でもしたら…」と自分に言い聞かせて、長年続けてきた自転車も昨年12月早々に終了、今日のように、朝から一歩も外に出ず一日を終える日が多い冬です。

散歩の途中のスケッチ、さすがに真冬には出来ません。この冬空にスケッチは可哀想です。10分ぐらいならともかく、私のように小一時間もかかってしまうのでは、スケッチはトイレの近くに限定されてしまします。外出はやめて、今日は部屋にこもってスケッチです。

窓の外を描きましたが、季節は早、春、というか初夏の趣です。目障りな通りの向こうに見える建物、うっとうしい空中の電線を取り去ってしまいました。

窓の外

夏はすわり心地よい椅子なのですが、冬はちょっと…。

chair_2

ぬくぬくと過ごす愛犬:もも、南側の窓際が彼女の昼寝の定位置です。

画像4

その主人も似たような毎日、今日はスキャナーのテストだけで終わりました。


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February 15, 2013

西の大海と東の四畳半

平安後期、三十六歌仙の一人、『古今和歌集』の編者として教科書に出てくる紀貫之が、その彼が国司として赴任していた土佐国を後に都に帰るそのほとんどが海路(高知〜難波、600km(?)、49日の航海を記録に残したのが『土佐日記(936年)』でした。航海距離は一日たったの12km。貫之の乗ったの船は「竜骨のない、船央に帆柱を持つ帆掛け舟」で、和船の基本構造は遣隋使・遣唐使から江戸時代の千石船・北前船に至るまでほとんど変わっていません。


sindbad 3一方、アラブ人は紀元前後に風をはらんで翼の形となり、逆風でもジグザグ前進できるにラテンセイル(Lateen Sail 仏語 =Latin)と呼ばれる三角帆を経験的に習得、7〜8世紀頃から、ダウ船を駆ってアラビア海(東西2、000km)をわずか3〜4週間で横断していました。航海距離は一日95km、『土佐日記』のそれとは桁違い…呆れてしまいます。

『シンドバッド 7つの航海』の通り、アラブ人は9世紀にはインド洋を舞台に、西はオーマンのマスカットから東は中国広州に至るまでの広大な交易ルートを開いていた。イスラム教/ヒンズー教/仏教がインド洋を横断して東南アジアに伝搬。逆にメッカへの巡礼者がインド洋を西に文化を伝える。インド・中国の技術が西方、アラブ地域にもたらされるなど、中世後期において「インド洋は世界文明(ギリシャ、ローマ、インド、中国文明)の交換器」の役割を果たし、アラブ人航海者・商人がこれを支配する海域となっていました。
sindbad


日本人は冒険・探険をあまり評価しないようです。冒険・探険と言えば、私の中では「間宮林蔵の樺太・黒龍江探険(1808 - 1809)、間宮海峡(韃靼海峡、タタール海峡)発見」と司馬遼太郎の小説菜の花の沖高田屋嘉兵衛ぐらいなもので、江戸後期、日本近海で起こった海難事故、漂流者の異国における生活、そして危難を乗り越えて尊皇攘夷、幕末の日本に帰って来る、英雄的な物語・冒険談が多く見られます。ジョン万次郎吉村昭の小説:『アメリカ彦蔵』の浜田彦蔵、『大黒屋光太夫』や井上靖:『おろしや国酔夢譚』の大黒屋光太夫、彼等は、その時代の急激な変化の中で極めて貴重な体験をし、その後の日本に大きな影響を与える結果となったのですが、彼等は決して自発的に冒険・探検に船出したわけではありません。


これは中国人にも当てはまるようで、明永楽帝(1360〜1424)の時代、鄭和の艦隊による4回ものインド洋、アフリカ大陸東岸遠征も、それまでの中国・アラブ商人の交易ルートを辿っただけで、決して交易通路発見・開拓(=探検)が目的ではなく、中華明帝国の威信を訪問国に示し、彼等に朝貢を促すだけのものでした。
 

西欧においては、自然に恵まれない辺境の地において、例えば、寒冷なスカンジナビア半島に海賊・略奪者としてバイキングが、中世地中海においては、耕作には適さない湖沼・沼沢地のベネチアに、狭隘な土地のジェノバに海運・商人が発生、アラブ人との交易で航海その他の先進技術を獲得して「地中海の時代」を築きます。12〜13世紀、地中海貿易の覇権、十字軍支援の艦隊の主導権を巡ってその二つの都市は競っていましたが、ついには、「キオッジアの海戦(1378〜1380)」でベネチアが勝利、敗北したジェノバはジブラルタル海峡の西、大西洋に活路を見いだすべくイベリア半島のポルトガルに接近します。1453年ビザンツ帝国がオスマン朝トルコにより滅亡しますが、西地中海では、ポルトガルが徐々にイスラム勢力を駆逐、1492年グラナダが陥落してレ・コンキスタを完成、ジェノバの商業・航海技術を引き継いで、いよいよ大西洋に船出することになります。


「何故、人間は怖い思いをしてまで冒険・探険をするのか?」 「誉れ」、「好奇心」そして「物欲(=略奪)」がヨーロッパ人の答え。ルネッサンス、ローマ・カトリック教圏の拡大と宗教改革、科学技術の進歩、啓蒙主義、市民革命と産業革命へと続き、近代資本主義はヨーロッパに誕生します。


ユーラシア大陸の辺境、西端のポルトガルでは未知の大西洋へ乗り出し、東端の日本では「大航海時代の怒涛を四畳半に閉じ込めた」「茶の湯」、…結構なお点前でした。※「大航海時代の怒涛を四畳半に閉じ込めた」とはどこかで読んだ司馬遼太郎の表現、好きです。


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February 09, 2013

続いて、パソコン顛末記

ブログの更新、12月には6回も、自分でも「よくやったな…」といった感想でしたが、今年に入った1月はたったの3回で終わっています。2月にいたっては「まだ0」。これでは、楽しみにしてもらっている皆さんに申し訳ない。皆さんのご支援でその地位を維持しているブログランキング:『カントリー・ミュージック』及び『諸文化の歴史』における堂々の一位も競争相手の諸氏に明け渡さなければなりません。

『Redwing 877』に続いて、この1周間の顛末を書こうと、いつものようにWindowsのアクセサリーに付いている「メモ帳」を使い、日本語入力をオンにして書き始めようとしますが全く日本語が入力出来ません。ここに来て、またもやの頓挫…でした。

このパソコンを買ったのは2007年か08年、4〜5年おきに買い換えて来ましたが、Dellとの相性がよく…?、同社の商品を数代続けて買って来ました。すでに Vista が発売されていましたが巷の評判が悪く、従来のXPかVistaを選択することが出来ました。世評に従ってXP機を購入、以降ほとんど何のトラブルもなく使って来ましたが、ある年の夏、落雷による停電、パソコンは停止してしまいました。仕事を急いでいたので早く修理しなければならず、かと言ってDellに修理を依頼するには日数がかかり…、ということで、即日対応してもらえる近くの修理屋さんへ持ち込みました。落雷による高圧電流が原因か…、マザーボードが壊れた由にて、それを交換してもらう破目になってしまいました。

DVD Windows 7その後はスムースに推移していましたが、去年の11月、『2012年近江の旅』から帰ってみると、今までつながっていたインターネットがつながらなくなっています。NTT東日本やプロバイダー:OCNに聞いても判らず、途方に暮れ…、とうの昔にサービスの終了したDellに問い合わせてみると、「ひょっとしたら、McAfeeが原因では?」とのアドバイス。早速確認してみると、これが「当たり」、ウイルスソフトの契約が旅行中に期限となり、彼等の言い分ではウイルスから保護するためにインターネット接続を遮断、私の言い分では遮断は大きなお世話、彼等の越権行為、この原因を突きとめるのに丸一日かかってしまいました。契約更新にもかかわらず、これを契機に新たな不具合が発生、Windowsの自動更新だけでなく、McAfeeの更新さえも出来なくなってしまいました。

これが問題なのですが…、更新が出来ないだけで、他の機能は従来通り、気にはなりながらもズルズルと越年してしまいました。XPのサービスも後1年の由ですが、もう少しは長く使いたいところ、問題解消に思い切ってWindows XPの再インストールをやってみました。データのバックアップは自分なりにやっているのですが、ブラウザやメイラーの設定をバックアップをしたことがありません。Amazonで2テラの外付けHDDを購入して、まずはデータと設定をそこへバックアップして着々と準備して来ました。先日、誰にも邪魔されない夜遅く、いよいよ本体内蔵HDD(Cドライブ)を初期化、続いて付属のDVDでXPを再インストール、1〜2時間にも感じる「長い夜」でした。

次の朝、いよいよインターネット接続、が…しかし、いつもの「新しい接続」のアイコン(イラスト)が存在しません。パニック?、…とまでは行きませんが、私の思考はここで停止してしまいました。悔しいのですが、「もはや、これまで」、…とばかりに、近くに最近オープンしたPC DEPOの修理・診断窓口に相談、善後策を聞くに、「XP再インストールではなく、Windows 8の登場で安くなっている、Windows 7のインストールがお薦め」の由で、自分ですることも考えましたが、一瞬、前日の「長い夜」が脳裏をかすめ…、その気力も今やなく、お店にインストールをお願いしました。DVD: Windows 7に加えて技術料、合計21,000円もの出費、新しいパソコンを買うことを思えば…、と自分に言い聞かせています。

インターネットも無事つながり自動更新も問題なく、データ・設定のバックアップもOutlook以外は完璧で新しくなったパソコンへの転送も問題なく終わり、不首尾に終わったOutlookのバックアップも、受信メールを転送していたGmailから受信メッセージ、相手方アドレスを回収出来ました。

平常心を取り戻した私はこの顛末を書き残すべく「メモ帳」に向かいますが、今まで使ってきたATOKでは日本語入力が出来ません。対応するATOKの最新版は2万円以上もするとは全くの論外、ネットで調べてみると、Google IMEなるものが在る由にて早速ダウンロードしてインストールしました。この顛末記もGoogle IMEで入力したのですが、日本語変換も素晴らしく、ATOKどころの話ではありません。しかも無料、今後、ATOKの出番はないのではないでしょうか。今回も引き継いでしまったOutlookですが、Gmail一本に統合すべきだったかも知れません。それにしてもGoogle、パソコンの向こう側で次第に大きく存在感を示しています。

首尾よく行った話しならともかく、結果失敗した顛末記はこのへんで終わりにしたいものです。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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