June 2011

June 18, 2011

「天狗党の乱」以来のわだかまりは?

「旧敵・薩長」が会津にエール 「風評被害に負けるな」 戊辰戦争以来のわだかまりを乗り越え、困ったときはお互い様〜、とは6月7日付朝日新聞

関ヶ原の戦い(1600)の結果、長州藩では、所領安堵の約束は反故にされ防長二州に押し込められるという辛酸を舐めたことから、毎年正月になると、家老が「今年は倒幕の機はいかに」と藩主に伺いを立てると、藩主は毎年「時期尚早」と答える習わし=儀式(?)があり、藩士は藩士で、江戸に足を向けて寝る習わしが280年間も続いたそうです。

倒幕を果たした長州藩の本拠地:萩市が、1986年、お互いに敵として戦った「戊辰戦争(1866)」から120年を記念してそろそろ和解を…、と会津若松市に対して友好都市提携を持ちかけたが、市民の間から「時期尚早である」、「我々は恨みを忘れていない」として、その提携は拒否されたそうです。何事も水に流してしまう日本人ですが、会津若松市民は違ったようです。

天狗党行軍経路













桜田門外の変(1860)」から4年後、頼りとする水戸本家筋の一橋慶喜(よしのぶ)の居る京都を目指して西進してきた天狗党ですが、彼らには幕府追討軍が追尾して来ます。夜明け前 第一部(下)
※嶋崎藤村の『夜明け前』、和田宿から馬籠宿通過までの天狗党の動きが描かれています。
前に立ちはだかる彦根藩・大垣藩を避け、美濃揖斐を北上、最難関である雪の蠅帽子(はえぼうし)峠を越えて越前に至ります。さらに、木ノ芽(きのめ)峠を越えて敦賀に入りますが、慶喜(よしのぶ)が禁裏守衛総督として大津に本営を置くに至っては、日本海づたいに長州に合流する案を捨て、前田加賀藩に投降します。常陸大子を発して約1千キロ、挙兵して40日後のことでした。投降した彼ら800人余は前田加賀藩に手厚く処遇され、幕府の沙汰を待ちます。

天狗党を追尾して来た幕府追討軍提督が田沼意尊(たぬまおきたか)とは、どこかで聞いたような名前です。僅か600石の旗本から5万7,000石の大名にまで昇進し、いわゆる田沼時代(1767〜1786)を築き上げたが、急激な改革が保守的な幕府閣僚の反発を買い失脚した田沼意次(たぬまおきつぐ 1719〜1788)の孫であり、その領地:相良藩は取りつぶしにとなり、陸奥1万石に減転封の上で家督を継いだのが彼、意尊(おきたか)でした。

慶喜(よしのぶ)から天狗党処分の一任を取り付けた意尊(おきたか)は、加賀藩に降伏していた天狗党を形式的に取り調べただけで一党800人余のうち350人を斬首刑に処した。多くの藩が処刑実行を辞退した中、「桜田門外の変(1860)」 の雪辱に燃える彦根藩士が志願して刀を振るったのでした。

明治7年(1874年)、天狗党員を祀った松原神社が敦賀市松島町に建立され、毎年10月10日には例祭が行われています。これが縁で、処刑地である敦賀市は昭和40年(1965年)に水戸市と姉妹都市となり、後に敦賀市の仲介で彦根市と水戸市が姉妹都市になったと聞きます。
天狗争乱
加賀藩から幕府への引き渡しが決まると、天狗党浪士の多くは足枷の上、鰊蔵に詰め込まれ、ほとんど全裸で、一日握飯一個と湯水一杯しか与えられなかったといわれています。この事件は近世(江戸時代)で最も凄惨なものとなってしまいますが、原因が幕末という時代だけにあるのではなく、貶められた父祖:田沼意次(おきつぐ)の汚名を濯ごうとうする孫:田沼意尊(おきたか)の幕府へ異常なまでの忠義心、狂気じみた生真面目さにあると言えるでしょう。もちろん、彼に一任した慶喜(よしのぶ)の責任も大きく、ついて廻る酷薄さは救いようがありません。

維新後、上総小久保(現在の千葉県富津市)へ移封され、版籍奉還により藩知事となります。幕府中枢に在って、あれだけの惨劇の主役でありながら、何の報復処分も受けることもなく、むしろ明治政府から厚遇を受けたようにも見えます。

そろそろ、水戸市民もわだかまりを露わにするのでしょうか…。
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express01 at 14:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote History_Japan | My Scrap Book

June 08, 2011

スモーキン・ブギ 〜 Shake Your Money Maker

先日の土曜日は久しぶりの音合わせでした。いつもの通り、廻しっぱなしにしてあるデジタル録音機には1曲ぐらいは皆さんに聴いていただける曲があるはず…でした。終了後、地震も津波も来なかったのですが、外部電源を喪失、その日の録音が「パー」になってしまいました。今回は単に、録音機本体のスイッチをOFFにする前に電源を抜いてしまった為、その前は、録音自体はうまくいったのですが、その音源をパソコンで編集中、必要な部分まで消去してしまいました。そんな訳で、皆さんに聴いていただくような新曲もなく、音楽に関連する記事がめっきり少なくなってしまいました。

タバコ




話は飛びます。「稼ぎ」はともかく、かみさんの私に対する評価は「タバコさえ吸わなければ…」、ということでした。実は、これには私自身、長い間、強い罪悪感と劣等感を持ちながらも、断ち切れない習慣となっていました。昨年末のある夜、我が家における唯一の喫煙場所:ベランダでいつものように夕食後の一服をしていると〜、いきなり、まばゆいばかりの閃光が走りました。ベランダにUFOが降下した訳ではありません。何故か「来たな!」と直感、「眼底出血」との診断にも驚きませんでした。動脈硬化に依る血管破裂で、場所が、脳ではなく、眼底(それも端の部分)であったのも幸いだったということなのでしょう。それ以来「禁煙」、早いもので半年が過ぎました。かみさんが関西弁で言います。「ヨイヨイだけにはならんとってね!」、…とは関西だけで言うのでしょうかね。

何十年間もの悪習、次の日のタバコがないと判れば、夜中であろうが、雨や嵐であろうが、買いに行っていた私が…、です。「禁煙」は初めてで、「断煙」を誓った訳でもなく、引出にはそれに備えて一箱入っています。…いつでも再開できるように。それにしても、よくキッパリと止めることができたものです…今のところ。

私の偏見でしょうが、インテリかどうかには関係ないはずなのですが…、喫煙者はどう見てもインテリには見えません。昔、若い頃は内容がなかったので、世の中を憂う人間に見せようとしてタバコを吸い始め、今は世相に合わせてインテリに見せようと禁煙し、いずれにしても見栄えだけを追いかけるのは変わらないようです。…そんなことよりも、お金が大事になったのでしょう。

少々古い録音を引っ張り出して来ました。Nobuさんの歌う「スモーキン・ブギ 〜 Shake Your Money Maker」、練習なしの一発録音ですが、なかなかの出来です。



お金を使わない、ポケットの中が少なくなった、「火の用心」の心配が一つ減った、他人に迷惑をかけない…、といいことずくめのようですが、禁煙と同時にダイエットも必要とは半年が過ぎてやっと判りました。愛煙家の皆さん、あなたもやってみませんか?
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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