March 2011

March 24, 2011

私の3.11東北関東大震災

このたびの東北関東大震災により被災されました方々に心よりお見舞い申しあげます。

16年前、大阪に逆単身赴任中の私は「阪神・淡路大震災」に遭遇、本棚が倒れる中、その前日に買ったばかりのテレビが台からずり落ちないように押さえるのが精一杯でしが、今回、東京の西の端、町田市で体験した「東北・関東大震災」の揺れはより強く、そしてより長いものでした。そのテレビもエコポイント目当てで地デジ対応薄型テレビに替わっていましたが、今回はかみさんがそのテレビを必死に押さえました。揺れの方向が良かったのか、幸いにして何も倒れることなく済みました。

地震発生と同時にこの地は停電となり、車のラジオで状況は判りましたが、夕食を終えると、やることもなく、停電で暖房もなく、さっさと寝ることにしました。翌朝7時頃、パソコンを点けると、オーストラリアの友人から第一報、東北及び東京は壊滅状態で「逃げることが出来たか?」。最近アメリカに移住した中国人の友人がフロリダよりSkypeもらい、地震・津波の様子がノンストップで放映され、東京も壊滅状態と報道されている由。

大阪に住む友人からも私の安否を気遣う電話、メールをたくさん頂き、こちらが「えーっ、どうして」という気になりましたが、東京都でも7人の犠牲者があったようで、内2人は町田、Costocoの駐車場へのスロープが崩落したという事故の写真が掲載された故か町田市も壊滅状態に映ったのでしょう。

チェルノブイリの再来か! 東電福島第一原発事故が大地震・大津波に起因するとはいえ、東京電力が第一の責任者であることは間違いないでしょうが、東電は原発を運営する専門集団であって、大規模事故に対応する能力はありません。原発被災の当初から菅政権が正面から担うべき安全保障上の大災害事故でした。地震発生と同時に、東北・関東にある計11基の原発が自動停止したまでは良いのですが、うち東電福島第一の3基のみがそろっての炉心溶融に陥ったのはどうしてでしょうか。東電福島第一より強い揺れに、より高い津波に襲われた東北電力女川原発は安定した状態で停止しているのはどうしてでしょうか。

菅政権は「有事である」大災害時には不可欠の陸海空自衛隊の出動に遅れてしまった。これ以上は止めまし原子力郷土の発展豊かな未来ょう。今は、ただ、東電福島第一が一刻も早く収拾されることを祈るだけです。

福島県双葉町を飾る看板が妙にむなしいです。→ 『原子力郷土の発展豊かな未来』

計画停電が始まったが、これが全くの不公平。1日に2回も見舞われるところあれば、東京都心部は停電なし。私の住む区域は第2グループ、1日2回の停電には見舞われていませんが、この近郊でも予定だけで、この2週間全く実施されていません。

地震当日、どこか興奮状態で徒歩で帰宅した人たち、帰宅難民と化した人たちも、今や、その興奮・躁状態も薄れ、何割か間引きされた通勤電車、それでなくとも超満員の通勤、疲れてしまいます。ここで、東電福島第一原発から漏洩した放射性物質による野菜・ミルクそして水道汚染。こんな計画停電では首都機能も既に失われているも同然、私の友人の勤めるフランスの会社は早々と大阪に本社機能移転を決定したそうです。

極端に言えば事務所だけの本社機能は大阪に移したらどうでしょうか。これは決して敵前逃亡ではないでしょうに…。

原子力安全・保安院4事業仕分けでは生き残ったようですが、一つ、全く必要がない役所が、全く必要のない会見をしているようです。▼
原子力安全・保安院



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March 08, 2011

『カリフォルニアの青い空』…はうそ?

コピー 〜 It Never Rains in Southern California _2夢のカリフォルニア(1965)』、『花のサンフランシスコ(1967)』と来れば、次は当然のごとくアルバート・ハモンドの大ヒット、『カリフォルニアの青い空(1972)』。当時、ラジオから流れてきたこの曲を聴いて、アメリカ西海岸の明るく、爽やかな青い空を、さもありなんと夢見たものです。出だしの部分が印象的で、「いかにもアメリカ西海岸〜」の「爽やかな」サウンドです。うむを言わせない直球タイトル:『カリフォルニアの青い空』が付けられているのですから、これも当然でしょう。

原題は歌詞の中でも繰り返される『It Never Rains In Southern California、南カリフォルニアには絶対に雨は降らない』、これを何のひねりもない『カリフォルニアの青い空』の邦題にしてしまい、大きな誤解が生じてしまったようです。カリフォルニアの青い空
歌詞は続きます。

南カリフォルニアは絶対に雨は降らない
以前にもそう聞いた事がある

でもね、降るんだよ、人は言ってくれないけど
しかも、土砂降りの雨が

仕事をクビになって、どうしていいのかわからない
自尊心も失い、食いっぱぐれて
もっと愛が欲しいよ、もっと食べ物が欲しい
僕は家に帰りたいんだ

故郷の両親には僕は何とかやっているよと伝えてくれないか

いろいろ話はあったけど、どれに乗ったらいいかわからなかったんだ
両親には言わないでくれないか、僕がどんな様子だったかは
勘弁してくれよ、お願いだから

南カリフォルニアは絶対に雨は降らない
以前にもそう聞いた事がある
でもね、降るんだよ、人は言ってくれないけど
しかも、土砂降りの雨が


アルバート・ハモンドの公式サイト:Albert Hammondによると、大ヒットの後、この曲作成の経緯を電話インタビューで答えています。

『カリフォルニアの青い空』はロサンゼルスに来る前、ロンドンで書いたのさ。一緒に作ったマイクにはしゃべったが、この曲はスペインでの私の物語です。当初、食べ物を買うお金もなく、鉄道駅の外で物乞いみたいなことをやっていました。もちろん、両親には知られたくないことでしたが…。いとこがハネムーンの途中、偶然私を駅の外で見つけました。私は彼であることがわからず、彼に僅かな金を無心してしまったのです。

「恥を知れ。お前の父親に言ってやる。」 そして僕は「お願いだから、両親には言わないで呉れ。両親は気が触れて、僕はこの仕事を続けられなくなってしまう。」 彼は、僕をホテルまで引き摺っていって、風呂に入れ、小じゃれた服を着せ、そして僅かながらお金も呉れました。僕はこの仕事を続けたが、彼は父親に息子がどんな生活をしているのかしゃべってしまいました。「故郷のみんなには、僕は何とかやっているよ」とか、この曲の歌詞は僕がモロッコからスペイン、イングランド、そしてアメリカに渡って一旗揚げようとしていた時代のことさ。『カリフォルニアの青い空』は僕がはい上がろうともがいていた時の物語さ。

ロサンゼルスに移住、歌手としてよりもソングライター、プロデューサーとして大成功します。詳しくは彼のサイト:Albert Hammondをご覧下さい。

今までの人生、何度か土砂降りの雨に降られたイサオが歌います。間奏の後、思いっ切り、間違っています。すみません。


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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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