December 2010

December 31, 2010

第二回 HKX紅白歌合戦

Momo 2昨年の大晦日、何もやることがなく、勝手に、第一回HKX紅白歌合戦をやりました。二回目は考えていなかたったのですが、今日の大晦日、Nobuさんの「今年はどうなるの〜」の言葉を思い出し、急遽、第二回をやることにしました。思い起こせば、今年は2月にKunさんがドラムでバンドに参加してもうすぐ1年になります。Nobuさんはブルースにのめり込んで、最近はイントロ→歌→間奏→歌→エンディングと一人で自己完結してしまっているようです。私、Isaoのギターだけは何の向上もなく、相変わらずです。

「紅白」とありますが、自分たちのやった曲の中で順位を付けるのですから、紅白もクソもありません。
第2回紅白歌合戦

リボン赤第8位 More Than I Can Say
そう言えば、12月におじゃまする予定だった池袋のお店:「サニーストーン」。すみません、今年はおじゃまさせていただきます。


リボン白7位  Memphis Tennessee


リボン赤6位  Lodi


リボン白5位  Mr tambourine Man
懐かしい曲です。


リボン赤4位 Tequila Sunrise


リボン白3位 Daydream Believer
Kun さんの持ち歌は「愛なき世界」だけではありません。


リボン赤2位 Oh, Pretty Woman
なかなか一生懸命に勉強した力作でした。


リボン白1位 Surfin' USA
呂律が回っていないようですが、大好きな曲を聞くだけでなく、歌えるようになりました。


来年はこの順位、どうなるのでしょうか?
Momo 紅白
よいお年をお迎え下さい。

Thanks for Your Support ▼: 今日の席順は?
にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ にほんブログ村 音楽ブログ カントリーミュージックへ 人気ブログランキング

December 26, 2010

この曲を探して10年、『Last Kiss』

Momo Santa曲名も知らない、歌手の名前も知らない、かと言って、歌っている内容も知らない。唯一の手がかりのメロディもかろうじて1〜2小節ぐらい、曲の感じからして、50年代あるいは60年代の曲のカバーだろうとは思いますが、長い間その曲が何という曲かは判りませんでした。

昔、FM J Wave で「Groove Line」という番組があり、当時、ピストン西沢がDJ、秀島史香がアシスタントの軽快な音楽番組でした。留守電に鼻歌(=ハミング)を入れて曲を当てるコーナーがあり、西沢が「その曲はこれです」と、正解の曲=CDをかけます。本当に彼が鼻歌だけを手がかりに正解曲に辿り着いたかは知りませんが、彼の軽快なしゃべりと相まって大いに感心したものです。

私も、真剣に同番組に留守電を残そうか…と、考えましたが、当然の事ながら、「いい歳をした」おっさんの鼻歌が、何の伴奏もなく、外れたら外れたままでラジオから流れるのですから、それだけは耐え難く、断念しました。その回答率の高さ:100%は惜しかったのですが…。こんなご時世、ネット上に同様なサービスがあるのでは…、ありました。「midomi」、パソコンにマイクさえあれば、人知れず、好きな曲を探すことが出来ます。鼻歌(=ハミング)は「ラ」でやると、「ラララ、ラーラーラーララ、ラーララー」、『勝手にシンドバッド』ではありません、…念のために。探すコツは.汽咾魏里Α↓長く歌う:「10秒以上」の指定、だそうで、私もやってみましたが、_申茲サビなのか判りませんし、◆孱吃叩廚任睫詰で、完全な失敗でした。

先日、車を運転をしているとこの曲がかかりました。急いで車を路肩に寄せ、曲が終わり、DJが曲名を紹介するのを待ちます。

以前この曲を聞いたのは米軍放送(AFN)でした、今はほとんど聞くこともなくなりましたが、記憶に残る2回は、この曲の始まる前に曲の紹介を終わっており、残念ながら、曲が終わると話題は次に移ってしまっていました。

曲が終わりました。

『Last Kiss』、…少なくとも過去10年間の疑問に終止符が打たれることになりました。
Youtube で再生してみます。これは探すのに、なかなか難しい曲です。まず最初に、タイトルの「Last Kiss」という単語、普通はサビの部分などに頻繁に現れるのですが、この曲では1回しか登場しません。コードは4つの繰り返し、サビの部分はあるのはあるのですがメロディーが違うだけでそのコードは同じです。

元は1962年に Wayne Cochranによって書かれた曲。父親の車で彼女をデートに誘い、二人は事故に遭って彼女は死んでしまう、というかなりシリアスなテーマにもかかわらず、メロディーは妙に明るいのが気になるのは私だけでしょうか…。Pearl Jam がカバーしたのは1998年です。
Last Kiss (vinyl 45 rip) by Pearl Jam on Grooveshark Momo holding sign board-HKX Radio
※Nobu, Kun & Isa Band の今までの曲は左サイド、I Pod 風のプレーヤーでお聴きになれます。
       
 Thanks for Your Support ▼: 今日の席順は?
にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ にほんブログ村 音楽ブログ カントリーミュージックへ 人気ブログランキング


December 10, 2010

ねじ

インパクトドライバー子供の時から工作が好きで、ちょっとしたモノなら自分で作ってしまいます。…が、最近は体力がなくなり、鋸を引いても一気に切ることが出来ず、一休みしなければなりません。ホームセンターに行けば、直角だけではなく、30度・45度・60度の角度をつけて切る電動ノコが手に入ります。極めつけは釘打ちで、釘を「打つ」ではなく、インパクト・ドライバーでネジ(=ビス)をねじ込みます。体力の衰えを十分おぎない、しかも正確に、より強く仕上げることが出来ます。これを発見したとき、どこか、1543年、種子島に漂着したポルトガル人と遭遇、始めて鉄砲を目にした種子島時堯が覚えた驚愕と似たものを感じた記憶があります。
鉄砲


当時、種子島は良質の砂鉄の産地として知られており、全国からこの砂鉄を求めて、多くの鍛冶職人が集まっていました。時堯は、関(岐阜県)の刀鍛冶職人:八板金兵衛に鉄砲作りを命じます。弾を銃身に込めて、火薬を発火させ、弾は前に飛び出す。しかし、銃底の強度が確保されていないと、銃身そのものが破壊されてしまいます。銃底銃底 ネジを塞ぐための尾栓の雄ネジ、及びそれがねじ込まれる銃底の雌ネジがあってこそ可能でした。特に、銃底の雌ネジの切り方が判らずに難渋した末に国産銃が誕生しました。

ネジは「中国で独自に生み出されなかった、唯一の重要な機械装置」だそうで、ネジを作る技術、そもそもネジの発想さえもありませんでした。

明や琉球だけではなく、堺や紀州方面との交易圏も形成していましたが、この交易ルートに乗って鉄砲も急速に普及、堺や根来そして大友の鉄砲鍛冶は大いに繁栄、1600年「関ヶ原の戦い」では5万丁の鉄砲が投入されます。これをピークに、鉄砲の生産は減少、江戸時代になると鉄砲の技術的発展はなく、銃把(=グリップ)の装飾に贅をこらすなど、兵器=道具としてよりも意匠・工芸美術品に成り下がっていきます。大変な苦労の末習得したネジの概念も、その後、全く活かされることもなく、日本から姿を消すことになります。

たかだか50年の間に起こったことでしたが、その間、ネジの概念を鉄砲以外に応用できなかったのは誠に残念至極です。もう少し時間があれば「楔=くさび」に替わって「ネジ」の時代がやって来たかも…。ヨーロッパの「大航海時代」が東の端にやって来て、たまたまその地が、「戦国時代」の日本であった。日本人は鉄砲を作るために「ネジの概念」を学んだのであり、「ネジの概念」を学ぶために鉄砲を作ったのではありません。やはり、「ネジの概念」は付け焼き刃に過ぎませんでした。

長い間、釘とは「打ち込むもの」と思っていましたが、このインパクト・ドライバーでネジ(=ビス)をねじ込みます。今や当たり前の道具ですが、このインパクト・ドライバーは決して、「ネジの無い文化」の日本人や中国人には発明できなかったでしょう。

Momo holding sign board-HKX Radio
※Nobu, Kun & Isa Band の今までの曲は左サイド、I Pod 風のプレーヤーでお聴きになれます。
       
 Thanks for Your Support ▼: 今日の席順は?
にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ にほんブログ村 音楽ブログ カントリーミュージックへ 人気ブログランキング

Profile

ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

Back Issues At A Glance
Comments
ISAO's Bookshelf
人気ブログ ランキング
NINJA
Search