September 23, 2010

September 23, 2010

お彼岸に『デイドリーム・ビリーバー』



DDB_1生まれたばかりの赤ちゃんにとっては、1年、1ヶ月、1週間、1日はほとんど「永遠」と同義語、可能性も無限にあります。小学生になると、あの楽しかった夏休みも終わりに近づくと、夏休みも永遠ではないことに気付きますが、同時に、「夢」を描くようになります。いつしか大人になって、月日が経つと共にその「夢」は小さくなり、この歳になると1年などは「あっ」という間、「夢」という言葉にはほとんどなじみがなくなって来ました。

子供から大人へ、少し視点をずらして、「若さ」とは何かを考えると、「若さ」の源泉は「向こう見ず」に行き着きます。若者に「向こう見ず」がなければ「覇気がない」、「分別くさい」、若者としての魅力に欠けることになるでしょう。子供から大人に成長していく過程で、いつしか「向こう見ず」な「夢」は萎み、「分別のある」大人になっていきます。

仏教では、「煩悩は分別から起こり、分別は戯論から起こる」というそうです。言葉によって作られた虚構で持って自己に固執し、正邪・善悪を分別しなければ生きて行けません。その分別があるからこそ人は苦悩する、というのです。

彼岸(ひがん)とは煩悩を脱した悟りの境地、煩悩にあふれる俗世が此岸(しがん)ということのようです。平安時代、極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土)は西方の遙か彼方に在ると考えられ、春分と秋分、太陽は真東から昇り、真西に沈みます。西方に沈む太陽を拝し、遙か彼方にある極楽浄土に思いを馳せたのでした。

『熊野古道』は山岳信仰、神仏混合、熊野権現の修験道ですが、この西方浄土思想と深く結びついています。「補陀洛渡海」と呼ばれ、中世、修行僧は海の遙か彼方にある極楽浄土を目指して船出したそうです。

子供(中学生?)の頃聞いたモンキーズの『デイドリーム・ビリーバー』、「夢」には無縁になってきましたが、かといって、煩悩を脱して悟りの境地にはほど遠いようです。お彼岸の中日でした。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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