September 14, 2009

September 14, 2009

アサイラム ASYRUM RECORDS、 黄金の1970年代

odeonビートルズのレコードを初めて買った曲は 「Please Please Me」だったような気がします。当時は、APPLEではなく、まだODEON でした。その前後に(どちらが先であったかは忘れましたが)ビーチボーイズの「Surfin' capitolUSA」を買いましたが、彼らはCAPITOL 、どちらのレーベルも東芝レコードから販売されていました。少年であった私にはこの東芝レコードがあこがれの会社に映ったもので す。

ギターを楽しんでいますが、以前、その相方とその当時の話になり、彼は就職に際し て、東芝レコードかどうかは忘れましたが、レコード会社に会社訪問をしたそうです。人事担当者曰く、「勘違いしてもらっては困ります。ミュージシャンでは なく、レコードを売ってくれる営業マンを求めているのです…」。二人は関東と関西、育った環境も違うのですが、出会ったのは、音楽とは全く関係ない商社に 入社してからのことです。

もう一つ気に入ったレーベル、アサイラム(ASYLUM )がありました。Asylumlogo
まず、個人的にこの「アサイラム」という響きが好きで、「避難,亡命,保護、(亡命者な どの)保護施設、聖域、」の意、ますます好きになってしましました。

余談ですが、これに類似したレーベルでSHELTER  とShelterlogoいうのががありました。確か、レオン・ラッセルがそうだったと思うのですが…。

ロサンゼルスは1930年代 から映画産業の中心地でしたが、ビーチボーイズのCAPITOL Recordsも1942年の設立で音楽産業の中心地としても興隆してきましたが、やはりニューヨークにはかないませんでした。しかし、1970年代に入 ると、ニューヨークは景気の悪化、犯罪の増加、音楽スタジオの老朽化により、ミュージシャンには居心地の悪い街になってしまいました。一方、ロサンゼルス は冷戦下、地場の航空機産業が活況を呈し、流行・文化と繁栄の街を謳歌することになります。

ビートルズの 「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」は他のミュージシャンに多大な影響を与えますが、これを転機に、ロサンゼルスを拠点とするカントリーロック、「シンガー&ソングライター」の時代に入ります。

彼ら、ニューヨークのミュージシャン難民を受け入れたのがアサイラム(ASYLUM)でした。東海岸から多くのミュージ シャンをロサンゼルスに導くことになります。ジャクソン・ブラウン、JDサウザー、リンダ・ロンシュタット、ジョニー・ミッチェル、トム・ウェイツ、ニー ル・ヤング、クロスビー、スティルス、ナッシュ等そうそうたる面々です。

もう一人忘れてはならないのがグレン・ フライ。アサイラム(ASYLUM )は彼にドン・ヘンリー、バーニー・リードン、ランディ・マイズナーと共にイーグルス(Eagles)の結成を薦めるので す。

ロサンゼルスがアメリカ音楽産業の首都であったのは1970年代、この10年間だけでし た。

レコード会社への就職をあきらめた相方(あいかた)と二人でイーグルスのデビューヒット:「Take It Easy」をやります。いつもながら、お聞き苦しいところはどうぞご容赦ください。



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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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