April 2009

April 07, 2009

花見で、「薔薇(バラ)戦争」

尾根道 菜の花畑自転車に乗るのをためらうような寒い冬の朝は、「尾根道」をウォーキング、いや、散歩と決め込んでしました。ここはウォーキング、ランニングだけではなく、地元では有名な桜の名所、この週末が桜祭りでした。桜祭り当日には、遊歩道だけではなく、車道も来場者に開放、普段の清々しい朝の風景はなく、昔の歩行者天国のように人であふれています。各地の「桜祭り」には、待ちわびた春の到来を喜ぶ、祝う、という単純明快な意味があるのでしょう。

桜の枝人でごった返す風景からは想像できないのですが、日本人は、時代、老若男女を問わず、桜に対して特別な感情、琴線に触れるものを持っているようです。私の想像ですが、先人が詠んだ桜は「山桜」で、今日多く目にする桜は江戸時代末期に作られた品種:ソメイヨシノ(染井吉野)がその後全国に拡がったもので、その風景は彼らの詠んだものとは違うように思えます。

桜がそれほどまでに愛されているのであれば、もちろん日本の国花であろうと思っていましたが、実は、「菊」あるいは「桜」、日本国花の規定はないが、それに準じた扱いを受けるようです。しかしパスポートの表紙には「十六菊」、言わずと知れた天皇家の「菊の御紋」が記されており、今に至っても「臣民」なの?…どうも腑に落ちません。

拝領(?)した「十六菊」のパスポートを持って訪れた英国(UK グレートブリテン及び北アイルランド連合王国) 、その国花は?。元々は4つの国(?)で成り立っており、スコットランドがアザミ、ウェールズが花ニラ、北アイルランドはシロツメクサ。臣民(?)である私が訪れたイングランドのそれはバラです。

15世紀、高校の世界史でおなじみの「百年戦争」が終結、イングランドはブリテン島に撤退、ヨーロッパ大陸の足がかりであるフランス北部フランダース地方を失うことになります。敗戦を契機にイングランド国内では不満が爆発、1455年、ヨーク公リチャードが現王家のランカスター朝に反旗を翻し、国内をランカスター家とヨーク家に二分する内乱はその後30年の長きにわたりました。血みどろの戦い
は両家の和解で終わりを迎え、1485年テューダー王朝の成立に繋がっていきます。Lancashire_roseYorkshire_rose
ランカスター家が赤薔薇、ヨーク家が白薔薇をそれぞれ紋章とするところから、「薔薇戦争 Wars of the Roses」と呼ばれるのはご存じの通りです。ランカスター家の血筋、ヘンリー・テューダーが「薔薇戦争」を勝利し、イングランド王Tudor_roseとなります。彼は両家和解の証として妻をヨーク家から迎え、その結婚を機に彼は両家の紋章を組み合わせた「テューダー・ローズ」をイングランドの紋章として採用、現代に至っています。

時代は極最近、昨年12月、ヨーク大学を訪問、学生達と話をする機会がありました。ヨーク大学とランカスター大学との間には「Roses Tournament」という大学間スポーツ対抗戦が、毎年夏、開催地を交互に実施されているそうです。通称、「薔薇戦争 Wars of the Roses」の由で、日本で言えば、「源平の戦い」に因んだ運動会の「紅組・白組」というところでしょうか。

近所のお花見から始まり、強引に薔薇戦争まで持って行ったのは少々無理があったようです。お許し下さい。

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express01 at 15:06|PermalinkComments(2)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote My Scrap Book | History_World
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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