November 2008

November 08, 2008

万里の長城 The Great Wall

今回はアメリカ大衆音楽ではなく、「歴史」に関するテーマで、書いている本人も少々緊張しています。

大先輩が先日中国を旅行、「アンコ−ルワット、バチカン、ピラミット、トルコのブル−モスク、そんなの目じゃありません。人類が作った最大の無駄。正しくその通りでした。」が「万里の長城」に登った彼の感想でした。

彼が今までに訪れた世界遺産(?)の内、1カ所さえも行ったことがないので、残念ながら論評しようがありません。しかし、「最大の無駄」かどうかはともかく、世界史的に言えば「意味」はあったように思います。

万里の長城総延長は6,352kmにも及び、音楽ネタで言えば「ルート66」のシカゴからLAまでの距離、2,000マイル=3,200kmどころの話ではなく、その2倍もの距離です。秦の始皇帝が作り始め(秦代:BC 221年 - BC 206年)、当初は人や馬が乗り越えられないぐらいの土塁だったようで、以降の王朝がこれを延伸・補強、現存している煉瓦・石作りの長城は明代(1368年 - 1644年)のもので、彼が見た長城はこれでした。

当初は「人や馬が乗り越えられないぐらいの土塁」だった、というよりも、「羊が乗り越えられないぐらいの土塁で十分」で、北方の遊牧民が彼らの生活の糧である羊の群れを連れて域内に入るのを防いだ、という話を読んだことがあります。田畑を耕す農耕民族としては牧畜を生業とする遊牧民族をその生活圏に受け入れることは出来ませんでした。
ローマ 水道橋
「万里の長城」といえば、それに比肩しうるのは、古代ローマ(BC 753年 - 476年 西ローマ帝国滅亡)の上下水道、道路、コロシアム等の土木建築でしょう。いずれも膨大な労働力と財力を費やした土木建築のでしょうが、どうも根本的な所に大きな違いがあるように思えます。前者が軍事的な、農耕民族の生活圏の防衛線ですが、後者は基本的に社会基盤であるということです。

土木工学は英語でCivil Engineeringなのですが、その語源は古代ローマまで遡ることができる…と読んだことがありますが、Civilization は文明化,文明を意味し、国境・民族の枠を越えて普及、普遍的に受け入れられる価値体系で、その形容詞がCivil、CivilにはCivicと同じく「市民の」との意味もあります。Civil Engineeringとは「文明化のための工学」ということになります。

「万里の長城」、古代ローマの水道、道路のいずれも文明の所産なのですが、古代中国文明は内向的、排外的であるのに対し、古代ローマは外向的、寛容です。前者には文明をまもる工学であっても、「文明化のための工学」の結果ではなかったようです。国境・民族の枠という地理的な拡がりだけではなく、現代に至るまでの時間的拡がりを考えれば、ローマ文明がより普遍的であるように思われます。例えになっていないかも知れませんが、漢字の普及は限定的ですが、ローマの文字:ローマ字の普及は世界に及びます。

秦朝は外敵に滅ぼされたのではなく、内部の蜂起、反乱が原因というのも皮肉な話です。後に興った後漢の時代(25年 - 220年),モンゴル高原の遊牧民族:<<匈奴>>は寒冷な気候に襲われて南下するも長城に阻まれ(?)、彼らは仕方なく西方に向けて移動することになります。その遊牧民族:匈奴の一派が<<フン族>>という説があり、その<<フン族>>が後に(4世紀〜5世紀)ヨーロッパに侵入、追い出される形で、皆さんおなじみの「ゲルマン民族の大移動」となり、これが原因で、ローマ帝国(西ローマ帝国)は476年に滅亡、以降、ヨーロッパは暗黒の中世に入っていきます。

「万里の長城」は「Civil」という意味では、大先輩の意見に賛成ですが、長城の存在がユーラシア大陸を西に巡ってローマ帝国滅亡に繋がった。これが世界史的な「意味」であったように思えますが如何でしょうか、大先輩。
*Image:万里の長城 and ローマ 水道橋


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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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