October 2008

October 30, 2008

マッチボックス Matchbox

ビートルズ、1964年のヒット(?):「マッチボックス」をご存じ、あるいは覚えておられますか?リンゴ・スターが歌っているのですが、どうもジョンやポールに比べると下手でした。「この曲をやろう」、ということになり、その結果がこれです。リンゴへの評価:「下手でした」は、我々と比較する限り、もちろん撤回せざるを得ません。



曲は知っていましたが、「下手でした」の印象の通り、全く興味もなく今に至っていました。モノ知りの相方(あいかた、友人)から、これがカール・パーキンス 「マッチボックス」のカバーということを初めて知りました。元来、この手の、いや失礼、古くはRockabilly(ロカビリー、既に古典芸能の感がありますが…)から始まるRock'n'Roll(ロックンロール)には、またまた失礼ながら、「教養?」というものが感じられず、あまり好きにはなれませんでした。

カール・パーキンスはデビューしたばかりのエルビス・プレスリーの歌をラジオで聴いて、「メンフィスには俺の音楽を理解する人がいる」、とあの伝説的なサン・スタジオ(SUN STUDIO)の門を叩きます(…道場ではありませんが…)。

彼の父親が自分の聞いたことがある曲をカールに奨めたのが「マッチボックス」でした。1956の録音、翌1957年の発売され、カントリーとポップチャートで上位を記録するヒットとなります。その後、ラジオからテレビへの移行時期とも重なり、不幸な事故が続いた為か、スターダムにのし上がることはありませんでした。失礼を繰り返しますが、あのいかにも土臭い、決して上品とは言い難い顔つきがテレビ時代に災いしたのではないか…と個人的には思っているのですが、傑作:「ブルースゥエードシューズ」を世に出したことは特筆すべきです。彼の歌っているのは知りませんでしたが、エルビス・プレスリーが歌って大ヒットしたことは私も知っています。

ここまではほとんど相方(友人)からの受け売りですが、最近、私にとって、新事実を発見しました。

さて、カールの父親が聞いたことのある、そして彼に奨めた「マッチボックス」は誰の曲だったのでしょうか?

ブラインド・レモン・ジェファーソン("Blind(盲目の)" Lemon Jefferson )、彼は1920年代、最も人気のあったブルースマンであり、以降「テキサス・ブルースの父」と呼ばれています。彼の音楽スタイルは彼独特のもので、同時代の若いブルースマンには影響を与えませんでしたが、後のブルース、ロックンロールミュージシャンは彼の曲及びスタイルを真似るようになります。彼の曲:「マッチボックス Matchbox Blues」はカールに受け継がれ、次いでビートルズに受け継がれることになります。

お聞きいただいた我々の「マッチボックス」に至るまで80年が過ぎている事になります。日本で言えば大正から昭和にかけて、80年前の歌、そんな時代の歌謡曲を今、誰が歌っているでしょうか。
Enjoy Texas Music license plate
テキサス州には「Enjoy Texas Music license plate」と呼ばれる車のナンバープレートがあるそうです。州政府により販売されており、それに含まれる寄付金が音楽教育振興の為に使われています。日本もちんきな「・・−・1」とか「88−88」ではなくて、このぐらいの事をやれば如何…? 描かれているのはブラインド・レモン・ジェファーソンです。

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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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