November 2007

November 27, 2007

映画:『三丁目の夕日』 どうしてALWAYS?

昭和30年代がブームのようです。映画:『ALWAYS 三丁目の夕日』が2005年の三丁目の夕日日本アカデミー賞を総なめ、今続編:『ALWAYS 続・三丁目の夕日』が公開中です。なぜ「ALWAYS」なのか、その意味がよくわかりませんが、このコミックを原作とする映画は世代を超えて日本人を魅了しています。「世代を超えて…」なのですが、制作者側の意図としては「団塊の世代」がその主標的のように思えます。その世代は名前の通り、絶対的に人口の多さでは突出した世代です。今や彼らは定年を迎え、お金はともかく時間はあり、割引料金で映画を観ることが出来ます。ここに、「これだ!」と言う映画が出てきたのでしょう。彼らは、劇中の<<古>>行淳之介少年に自らを投影、感情移入させるのです。今、多くの古行淳之介少年が今、定年を迎えようとしています。

これに対をなすように、時代は同じく昭和33年(1958年)、ドラマ:『点と線』が放映されました。前者が「黄金の時代」、「明日が明るくて輝いていた時代」を描いているのに対して、後者はその「時代の背後にある」社会性がテーマでした。余談ながら、アリバイ崩しで引っ張りに引っ張って、最後に、「そうだ、飛行機がある!」…はないでしょう。如何に舞台がその時代にせよ、少々拍子抜けでした。
tokyo olympic
古行淳之介君はその後、TV放映開始(皇太子ご結婚、力道山 vs シャープ兄弟)→ 東京オリンピック → ビートルズ来日 → 学生運動 → 大阪万博、を同時代のものとしていきます。明治の日本人が近代国家建設に向けて、坂の上の雲を目指して生きていた時代、小説:『坂の上の雲』の時代は1945年の敗戦という結果となり、昭和の「明日が明るくて輝いていた時代」は1990年のバブル崩壊、第二の敗戦という結果に終わってしまいました。「明日が明るくて輝いていた時代」に身を置くことは心地良いものですが、「日の当たらない」影の部分では、ここに始まる高度経済成長が大きな疑獄事件、深刻な環境汚染そして第二の敗戦をもたらしたことが置き去りにされています。

2008年北京オリンピックロゴ何もタイムマシーンにのって50年もの過去に行くことはありません。2年前、始めて中国広州に行きました。香港から列車で2時間ぐらいでしたでしょうか。そこは正に『三丁目の夕日』が現在進行中です。上海や北京ではなおさらでしょう。それもそのはず、中国は来年、2008年に北京オリンピック、2010年には上海万博を迎えます。中国の<<古>>行淳之介少年にはどのように映っているのでしょうか。

Ps:「ウーン…」。書き終わった後もまだ悩んでいます。「ALWAYS」て、何なんでしょうね。まさか、日本人は「いつも」同じパターンを繰り返している、という意味ではないでしょうが…。

もう一つ、当時のダイハツ・ミゼットは丸ハンドルではなく、まだバーハンドルでは…。ひょっとしたら、その音楽の割にはつまらなかった(?)、  桑田佳祐監督、1990年作品『稲村ジェーン(舞台は昭和40年)』に使われたミゼットを借用したのでは…。

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November 05, 2007

「アーバン・カウボーイ」

  当時、ニューヨークの駐在を終えた後輩が私と同じ部署に配属されてきました。ディスコブームの時代。映画:「サタデイナイトフィーバー(1977)」(パチンコではありません)の舞台:ニューヨークから帰国、独身でダンスも上手い、と言えば女の子にもてるのは当たり前。既に結婚して、子供もあった小生ですが軽い嫉妬を覚えてしまいました。それが理由とは思いませんが、いや、言いたくありませんが、Saturday Night Fever映画:「サタデイナイトフィーバー」は好きではありませんでした。

挿入歌:ビージーズの「Night Fever」、「Stayin' Alive」は爆発的なヒットを記録するのですが、これがどうも気に入りません。ビージーズといえば「マサチューセッツ」や「小さな恋のメロディ」。元々興味がありませんでしたが、それに加えて、どうして「マサチューセッツ」が「サタデイナイトフィーバー(Night Fever)」につながっていったのか全く理解できません。

ジョン・トラボルタはこれで一躍、スターの地位を築き、この路線を映画:「グリース(1978)」につないでいくことになります。

Urban Cowboy「サタデイナイトフィーバー(1977)」から3年後、映画:「アーバン・カウボーイ1980)」が公開されました。これには軽い快感を覚えました。テーマは同じというか、前者の焼き直しで、白人下層社会の若者(工場労働者→農業労働者)・ダンス音楽(ディスコ→カントリー)・都会が舞台、極めつけは同じジョン・トラボルタの起用でした。制作者にその意図があったかどうかはともかく、カントリーぽぃ音楽に偏向している私は「我が意を得たり」と、大いに溜飲を下げたものです。しかし、残念ながらカントリーに火がつくことはなく、ディスコブームは1994年オープンの「ジュリアナ東京」に象徴されるバブルの時代まで、あるいは今も息長く続くことになります。


久しぶりのカントリーの野外コンサート。異様な光景が目に入ります。ノリのよい曲が始まると、前席に詰めていた一団がステージの前にわーっと集まり、やおら踊りだすではないですか。カントリーダンスと呼ばれるそうです。格好を見ると、判で押したようにジーンズにカウボーイブーツ、お腹にくい込んだら痛いであろう大きなバックル、もちろん(?)カウボーイハットに赤いバンダナ…。男性もいますが
、多くは、決して若くはない女性です。彼らは音楽そのものより、ダンスがお目当てなのです。danceable music、ダンスに向いた曲。 今から思えば、映画:「アーバン・カウボーイ」から始まったようです。このカントリーダンスが近年のハワイアン、フラダンスブームと似通って見えるのですが、それは踊る彼女達の年齢層から来るのでしょうか…。確かに運動の為にはよいことです。

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映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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