June 2007

June 20, 2007

「猿の惑星 」  The Planet of Ape

先日、2001年公開のリメイク版がテレビで放映されましたが、やはり『猿の惑星 The Planet of Ape』と言えば1968年公開、主演:チャールトン・ヘストンのそれでしょう。 原作にはなかったそうですが、この衝撃的なラストシーンは印象的でした。もう一つ、「何故、主役がチャールトン・ヘストンなの?」…が、公開当時からの疑問でした。何か、原作と映画との間に微妙なねじれがあるようです。
Last scene of the planet of the apes-2
伝記はWikipediaに譲るとして、原作者:ピエール・ブールは第二次大戦勃発前の1938年から数年間におけるインドシナで過ごします。当初ははイ ギリス領マラヤにおけるゴム農園の監督者として、大戦が勃発するとフランス軍に志願、フランス降服してからはレジスタンスの一員として諜報活動に従事しま す。1943年ビシー政権側に捕らえられサイゴンにて終身刑に服しますが、翌年、彼は脱獄に成功します。彼の強烈な体験は、後planet of apeに彼をして二つの大ヒット作 を書かせることになります。
bridge on the river kwa
一つは、『戦場にかける橋』 (Le Pont de la Riviere Kwai 1952)、その10年後に『猿の惑星』 La Planete De Singes 1963)、それぞれ映画化され、『戦場にかける橋』(The Bridge on the River Kwai 1957)、『猿の惑星』(Planet of the Apes 1968)、いずれもアカデミー賞作品賞。


2つの作品の共通テーマは、小説・映画を問わず、「地位の逆転」です。看守と服役者、主人と奴隷(あるいは使用人)…、植民地経営の監督者の地位から捕虜 の地位に転落するという屈辱的な彼の体験そのものなのでしょう。この意味で、多くの人が言うように、『猿の惑星』の猿は『戦場にかける橋』における日本軍 捕虜収容所長であり、猿=日本人、と描かれている説に賛成してしまいます。

ピエール・ブールの体験した第二次大戦は既に終わっており、共産主義の台頭する、冷戦の時代、核戦争の危険を胎むカタストロフィーの時代に入っています。ハリウッドにも吹き荒れたマッカーシズム(反共「赤狩り」)の嵐が過ぎ去った直後に作られたのが『猿の惑星』でした。

マイケル・ウイルソンに依る脚本は人類破滅後の世界を描き、同時に「赤狩り」時代に生きた自分(人間)をこの映画に重ねているとの説もあるようです。

チャールトン・ヘストンと言えば、1959年、『ベン・ハー』でアカデミー賞主演男優賞を獲得、容姿・キャラクター共に白人・アメリカ人を象徴する俳優。 1968年の『猿の惑星』では宇宙飛行士役の彼が、猿に捕まり、手かせ・足かせをはめられ檻の中に入れられる、奴隷・服役者・奴隷を演じます。その対比が 極端で、よく彼がこの配役を承諾したと思うのですが、今や82歳、元全米ライフル協会会長としても有名な保守層の代表者、どこか『新・猿の惑星』を見るようです。

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June 10, 2007

「アラビアのロレンス」

アメリカの非営利団体、NPR (National Public Radio) は2005年10月20日付で興味深い報道をしています。→ 追記覧にその原文を掲載
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lawrence_maT.E.ロレンス、 中東のビジョン

イラクに駐留するアメリカ軍関係者の間で最も読まれている本の一つが『知恵の七柱(原題:Seven Pillars of Wisdom)』、第一次大戦中、アラブ諸部族の独立を率いた大英帝国陸軍大佐:トマス・エドワード・ロレンス(T. E. Lawrence)の著作、中東地域における戦争及びそこに住む民族の特殊性を著したもの。

Thomas_Edward_Lawrence1918年、ロレンスが作成、イギリス政府に提案された中東地域地図は長らくその所在が不明であったが、今、大英帝国戦争博物館にて展示されることになった。当時優勢であったヨーロッパ列強による植民地政策に依るのではなく、アラブ人の感情・情緒に則した国境策定を進言したものです。歴史家にとって、ロレンスの地図は「歴史のIF、もし〜だったら…」の格好のテーマ、現に今日のイラク・クルド人の要求によく似たクルド人国家の分離を提案しています。ロレンスは、今日のシリア、ヨルダン、サウジアラビアの一部及びその他地域をその種族及び交易ルートに依って分類しています。

その地図はパレスチナと呼ばれる分離国家をも予測しています。ロレンスはイギリスがユダヤ人国家建設(「エクソダス」をご参照下さい)を考えていることを知っていたのです。

そして、彼はイラクにおけるスンニ派とシーア派を分離する理由はないと考えていました。これは今日もなお、同国が引きずっている大きな問題です。
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アラビアのロレンスポスター私はこの本:『知恵の七柱』を読んでいません。ただ彼の名前:T.E.ロレンス、それもデビッド・リーン、1962年監督の映画:「アラビアのロレンス」として知っているだけです。※松岡正剛氏のサイト:「千夜千冊 遊蕩編」にロレンスに関する説明、『知恵の七柱』の書評があります。

当時インドは植民地として大英帝国の宝。ジブラルタル→マルタ→キプロス→スエズインドに至るルートは帝国の生命線。一方では、石炭から石油燃料への転換・需要拡大時期に入りその資源の確保。その2つ目的のためには手段を選ばない軍事・外交政策がとられます。衰退を続けるオスマン・トルコ、これをイギリス、フランス、そしてロシアがその領土を侵食していきます。オスマン・トルコはドイツと同盟を組み、それと対抗しようとします。

そのオスマン・トルコの支配を破ろうとアラブ諸民族独立の機運が高まります。ここで登場するのが大英帝国陸軍大佐:T.E.ロレンスです。アラビア語を操る考古学者は、大戦勃発とともに参謀本部情報将校としてカイロの陸軍情報部に配属されます。彼はファイサルに出会い、この「運命的な出会い」は大英帝国陸軍大佐をアラブ独立主義者に変え、その後、二人は協力してトルコ軍に対するゲリラ戦の指揮をとることになります。1917年二人はラクダ部隊を率い、モーゼの「脱エジプト」以来誰もなし得なかったネフド砂漠を越え、トルコ軍の守る、要衝アカバ港を背後から急襲、これを壊滅させます。この快挙は彼を中東、いや世界の英雄:「アラビアのロレンス」に押し上げることになります。しかし、本国の二枚舌・三枚舌外交(エクソダス(Exodus)でも触れました)に幻滅、この地を失意のうちに去ることになります。彼の「砂漠の反乱」は単にトルコに対する蜂起だけではなく、母国、大英帝国への反乱でもありました。

大戦後、イギリスは単独で中東全地域を手中にし、大英帝国は歴史上最大の版図を収めます。…が、しかし、中東のさらなる混乱はこれを機に始まったといえます。同時に大英帝国衰退の始まりでした。アラブ諸民族の特性を無視したイギリスの統治、国境の策定はその能力・実効性を失います。新たに登場した新興大国:アメリカがイギリスに代わって中東の地域紛争に介入するに至ります。

歴史上、オスマン・トルコを除いてエルサレムとバグダッドを統治した帝国が長続きしたことはないそうです。イラクに軍を送るアメリカは「アラビアのロレンス」から何を学ぶのでしょうか。

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以下原文
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express01 at 15:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote My Scrap Book | Movie

June 01, 2007

「エクソダス」、Exodus

「私は自分の本を閉じようと思ったんだ。」5月25日、ポール・ニューマンは82歳の年齢を理由に映画制作からの引退を表明しました。アメリカン・ニューシネマの傑作の一つ「明日に向って撃て!(原題:Butch Cassidy and the Sundance Kid 1969年)」、「スティング (The Sting 1973年公開)」はともにロバート・レッドフォードと共演、一時代を築きました。

exodus poster私は1960年公開の「栄光への脱出(原題:Exodus)」が好きです。もちろん公開当時のことは知らず、多感な歳になってラジオから流れている音楽を聴いて、これが「栄光への脱出」のテーマ音楽と知ることになります。ご存じの方も多いと思いますが、映画音楽の最高傑作の一つでしょう。現にこの曲は、1960年アカデミー賞音楽賞を、1961年には全米ビルボード年間ランキング2位を獲得しています。You Tube という便利なものができました。お聞き下さい。Exodus

というわけで、映画を観たのはテーマ音楽を聞いたずっと後のことでした。場末の映画館だったでしょうか…。

原題:Exodus は旧約聖書、「出エジプト記」に由来します。そうです。モーゼが神から「十戒」を授かり、虐げられたユダヤの民を率いてエジプトを脱出、紅海を二つに割って彼らを通過させる奇跡を行い、約束の地:カナンを目指します。

時代は下って20世紀、今に続くパレスチナ問題の始まりでした。第一次大戦の時、イギリスはオスマントルコの統治下にあったアラブ人にトルコへの武装蜂起を呼びかけ、協定を結びアラブ人に依るこの地の独立を認め、一方ではユダヤ人に依るユダヤ国家建設(シオニズム運動)を認める。ここまでは二枚舌、二股公約。…が、その裏で、イギリスは3枚目の舌を出し、フランス、ロシア等の連合国と同地域の大戦後の分割を協議していました。大戦後、パレスチナはイギリスの委任統治領となります。

もう少し下って、第二次大戦が終了。当初はアラブ人・ユダヤ人共存の地であったものが、ユダヤ人入植者の増大とともにそれに反発するアラブ民族主義が台頭、平和統合国家建設は困難となります。混乱を極め、ついにイギリスは統治能力をなくし、国際連合にその問題解決を委ねてしまいます。

このような、歴史的・国際政治的背景の下、世界に散在するディアスペラ(バビロン捕囚後にパレスチナから離散したこと)からシオンの丘を目指して集結します。イギリス軍が設けたユダヤ人収容施設のあるキプロス島から彼らを乗せてハイファ港に向かう移民船、その船名が「Exodus 1947 」でした。

元へ…。ポール・ニューマンは閉じようとしている本にどんな<<あとがき>>を残すのでしょうか。

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express01 at 06:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote My Scrap Book | History_World
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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