May 19, 2018

この曲<19> "There Is No Arizona"

180523_Arizona on Billboard
 ※WELCOMEの「O」が抜けていました。ごめんなさい。
現代、それとも西部劇の時代なの? ミュージックビデオは思い切り現代なのに、歌の内容は古風です。絵はがきの消印はアリゾナ州、トゥーム・ストーン、映画「OK牧場の決闘」は此処が舞台です。彼女をおいて去って行った男からのよい知らせを待つ女の姿はどこか古風です。1880年代始め、アメリカ陸軍の鉱山技師、エド・シフェリン(Ed Schieffelin)はアリゾナの荒野を貴重鉱石を探し求めて旅をしていました。近くの鉱山で三人がインディアンに殺される事件があったことを受け、「この辺で見つけられる石はお前の墓石ぐらいなものさ」と、友人からからかわれていました。その彼がついに銀鉱石を発見、その所有権・鉱山採掘権を宣言するに際して、その土地を仮に「トゥーム・ストーン(Tomb Stone 墓石)」と名付けたのです。その後トゥーム・ストーンは銀鉱山の町として急激に発展、新しく誕生したコチセ郡(Cochise County)の郡庁所在地にもなりました。しかしこれが絶頂、元来、砂漠地帯で水が不足、急激な人口増加もあって、二度の大火をきっかけに街は凋落の一途を辿り、1880年代中頃には、銀鉱は掘り尽くされ、ついにゴーストタウンとなってしまいました。今や年間45万人が訪れる一大観光地です。

 いつもとは少し違うメロディライン、歌の内容も男にだまされた女性の話で、少し古風に感じてしまいます。トゥーム・ストーンの消印…、墓石の…、既に死んでしまった彼と一緒に見た夢を追いかけていたのかも、…ふと思ってしまいました。

 ジェイミー・オニール(Jamie O'Neal)はオーストラリアのカントリー・シンガー・ソングライター。「There Is No Arizona」は彼女の2001年のヒット曲です。なかなか良い曲でしょう?


"There Is No Arizona"

彼はアリゾナでの新しい、ましな生活を約束した
永遠の青空の下で、迎える準備が出来たら連絡すると誓った
彼女を後に出て行ってしまった時には、思いもよらなかった

アリゾナなんてない
ペインテッド・デザートも、セドナもありはしない
もし、グランド・キャニオンがあるのなら
彼が言った嘘で満たすことができた
しかし、彼の言ったそんな夢はありはしない
彼女は夢から覚めて
アリゾナなんてないことに気付くだろう

差出人住所のない、ただトゥーム・ストーンの消印があるハガキ
「次に何処に行くかはわからない、そうする時はまた知らせる」
五月、六月、七月、何故待ち続けるのかわからない。

アリゾナなんてない
ペインテッド・デザートも、セドナもありはしない
もし、グランド・キャニオンがあるのなら
彼が言った嘘で満たすことができた
しかし、彼の言ったそんな夢はありはしない
彼女は夢から覚めて
アリゾナなんてないことに気付くだろう

来る日も太陽は西に沈み
彼女の心も深く沈む 
いつ彼を追いかけていくのかと友達は聞く
終いには言ったの あんたたちは知らない

アリゾナなんてない
ペインテッド・デザートも、セドナもありはしない
もし、グランド・キャニオンがあるのなら
彼が言った嘘で満たすことができた
しかし、彼の言ったそんな夢はありはしない
彼女は夢から覚めて
アリゾナなんてないことに気付くだろう

彼はアリゾナでの新しい、ましな生活を約束した

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express01 at 18:51|PermalinkComments(0)│ │Music 

May 07, 2018

この曲<18> レナウン"ワンサカ娘"

 最近、特に高齢者向けの広告が目立つ新聞ですが、私の目をとらえたのがこれです。
シルビィ・バルタン広告
『シルビィ・バルタン 〜最後の来日コンサート〜』、特に「最後の…」の言葉には何故か現実味みを感じさせます。シルビィ・バルタンは1944年生まれ、今年73歳、「最後の来日コンサート」と形容されるのも致し方ないことですが、彼女の大ヒット曲と言えば『アイドルを探せ La plus belle pour aller danse (1964)』でした。当時、私は中学生で、洋楽に夢中、ラジオからこの曲が流れてていたのを覚えています。時代は東京オリンピック前後、高度成長の時代、一般家庭にもテレビが普及していました。彼女の姿をブラウン管に観て、この世にこんな綺麗な人がいるのかと思ったのは、私がまだ少年だったから(?)かも知れません。当時彼女はまだ二十歳、もちろん綺麗なのですが、愛嬌の乏しい、笑みの少ない、少し冷たい感じに見えたのは私だけではなかったようです。子供心に合点したその理由は、歯並びが悪くて、それを隠すために出来るだけ唇を開かない、笑わないということでしたが、その真偽のほどはわかりません。
 一方、1960年代、「みゆき族」とともに成長したVANジャケットに並んで、レナウン(Renown)という会社がファッションだけでなく、そのTVCMが、サントリー、雑誌『平凡パンチ』と並んで、当時の若者文化を引っ張っていく役割を果たしました。弘田三枝子の歌う、小林亜星の出世作、yeye64『ワンサカ娘』のレナウン・プロモーションは国際的に高い評価を受け、これに勢いづいて、次にシルビー・バルタンを起用、彼女の日本語で歌う『ワンサカ娘』がさらなるヒットとなります。振り返ってみれば、弘田三枝子・シルビー・バルタンの歌う『ワンサカ娘』がTVCMで流れていた時代が「レナウン(Renown)」ブランドの絶頂で、その後は徐々に凋落、2013年、ついに中国資本、山東如意グループの傘下に入ってしまいました。シルビー・バルタン二人の消息は、少なくとも私にとって、はたと途絶えてしまいました

 我々のバンド、The K.A.Y.A. Bandは主にエバリィ・ ブラザーズ(The Everly Brothers)、クリーデンス・クリアウォター・リバイバル(CCR)、イーグルズ(The Eagles)の曲をやっていますが、一曲だけ日本語の曲が入っています。一曲とはこの『ワンサカ娘』、TVコマーシャルを目的に作られたので曲が短くあっという間に終わってしまうので、『ワンサカ娘』の前(イントロ)・1番と2番の間(間奏)・ 曲の後に『Copper Kettle』を入れているのは、Nobuさんの昔からの手法で、私も大いに気に入っています。もちろん、日本製の楽曲ですが、当時としてはメロディもどこか洋楽風、歌の内容もドライブウエイ、プールサイド、テニスコート、ロープウェイと今までになかった欧米風の生活スタイルが感じられ、日本語…と云うだけで、他の楽曲と比べてそれほどまでに違和感はありません。やはり名曲です。

 シルビィ・バルタンは一昔前のテレビ番組「あの人は今…(?)」の取材対象のようなもの、フランスで幸せな余生を送ってきたのであろうと思いきや、その後はアメリカに移住、フランスとロサンゼルスを行き来しながら現役でステージ・ツアーを続けて来たそうです。ポール・マッカートニー、E.クラプトンと、ここ数年の大物ミュージシャンが、 昔の大ファンで、好きなことにはお金に糸目を付けない日本の富裕老人を目当てに来日していますが、ミュージシャンもいつまで来日してステージに立てるのか、昔の大ファンもいつまで会場に足を運べるのか…、両者にとって「最後の…」が現実味を帯びて来ました。

 シルビー・バルタンの最後のステージ、青江三奈とのデュエットで『伊勢佐木町ブルース』を聴かせるのかも知れません。

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express01 at 09:44|PermalinkComments(0)│ │Music | Recent Event
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ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

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