December 12, 2019

日本人の「自立」

Tokyo Olympic ラグビーワールドカップ・ベスト8入りを果たした日本ラグビーチームが今日東京丸の内で応援感謝のパレードが行われました。スポーツ中継にあまり興味のない私のような人間もチームの活躍に熱狂しました。それに比べると、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長森 喜朗氏(元首相 早稲田大学ラグビー部出身が妙)と日本オリンピック委員会(JOC)会長山下 泰裕氏が率いる「2020東京オリンピック」は、開催を目前の来年に控えて、マラソンと競歩の札幌開催が決まった。国際オリンピック委員会(IOC)の会長バッハ氏の鶴の一声に何の異論も唱えず、JOC会長山下泰裕氏の国際オリンピック委員会(IOC)会員就任をエサに、唯々諾々と受け入れたことに唖然としてしまいます。

 オリンピックの東京誘致が決まった2013年、当時は英語のガイドかなにか…、私も何らかの社会貢献がしたいものと真剣に考えたものでした。しかし、メイン会場の国立競技場デザイン案が一旦決定されながら白紙に、ロゴマークが盗作問題で白紙に、極めつけは東京誘致に成功した日本オリンピック委員会(JOC)会長竹田 恆和(たけだ つねかず)氏がフランス捜査当局の招致をめぐる贈収賄容疑に名前が登っていることを知るに至って、当初の意欲は全く失せてしまいました。今回の札幌開催決定そのものより、森 喜朗・山下泰裕両氏等オリンピック指導者、及びこれに何ら意見さえも挟まない現役のアスリートの皆さんにも驚いてしまいます。むしろ、可能かどうかは別に、「オリンピックの花」であるマラソンが東京(圏)以外の土地で行われるのなら、「約束が違う。開催を中止する!」ぐらいの啖呵を切っても良かったのでは…。日大vs関学のアメリカンフットボール事件の例を出すまでもなく、個々のアスリートに自主性・自立心が大きく欠如していることに今さらながら驚いてしまいます。

 弥生人が水田稲作農耕を持って日本に侵入、彼らが立てたのがヤマト(大和)政権であり、水田稲作農耕を持ってさらに東進、集団的な水田稲作農耕をしない先住者、縄文人を「まつろわぬ者」として討伐した歴史がある。南方由来の水稲作は東北の寒冷地ではつい最近、1950年代まで安定的な収穫を約束するものではなかった。

 一方、世界を支配するヨーロッパ文明は水田稲作農耕の天水農業の文明です。自分の畑に降って来た雨は自分のものになる。自分が勝手に使って構わない。農耕地を広げ、天水(雨水)を利用して畑を作り、小麦などの種をまいて収穫し、が栽培できないところは牧場にして家畜を放牧する。用水は天水(雨)を頼むから、農地ごとに人は自由に独立できる。そこでは個の判断力が重視され、個人主義が生まれる。個の自立、自我の確立と云われるのがそれである。その上、麦の栽培は簡単である。冬雨が降る頃に、鋤で畑を起こし、種をまく。麦は冬に育つから雑草や外注の心配もなく、放っておいても収穫できる。

 ところが、日本の水田稲作農耕は傾斜地特有の灌漑に依存、分割不可能なかかし170水利系の中で、他人のことをいつも意識し、共同で作業しなければなりません。苗代をつくって田植え、田に張った水を替えて、田に生えた雑草を取り、害虫の駆除を行い、やっと収穫につながったのです。しかも四季の変化が激しいので、多毛作の他のアジア諸国の水田とは大きく異なり、行程管理も緻密さが必要です。少しでも自分勝手なことをすると、例えば勝手に「我田引水」すると「村八分」にされます。自我の主張はわがままとみなされました。勤勉・実直の風はこのようにして生まれました。

 以前から気になることがあります。何時ごろからか、オリンピックの柔道が全く面白くなくなりました。だらだら時間だけが過ぎて知らぬ間に勝負が決まり、かつてのように、日本が得意な一本の大技で勝負が決まることはなくなりました。その理由の一つが、ルールへの対応であり、日本柔道はその変化に対応できなかった、ということであろう。柔道のルールづくりは、国際柔道連盟(IJF)が主導権を持っており、07年の理事選挙で山下泰裕氏が落選、IJF内での日本の発言力は著しく低下してしまいました。ルールづくりの主導権を奪われたら、試合前に既に負けが決まったようなもです。

 世界のルールに順応していくのが日本の強味だったことも事実です。しかし、グローバル化によってルールが統一される時代になると、ルールへの対応力より、ルールづくりへの参画度が勝負を分けるようになる。「ルールはお上がつくるもの。自分たちはただと従えばいい」と思っている。ルールを変更に介入することは「フェアではない」とすら感じているのが、今の山下泰裕氏を代表とする日本オリンピック委員会(JOC)ではないでしょうか。

 朝日新聞(2014年2月14日)の報道では… 麻生太郎財務相は14日の衆院予算委で、スポーツの国際機関で日本人役員を増やす必要性について「もし柔道の山下(泰裕氏)が英語ができていたら(スポーツの国際機関の)会長になっていた。一言もできなかったから、あの試合の時も『おかしいじゃないか』と審判に監督として手を挙げられない」と答弁した。英語が上手い下手ではなく、審判に不満があれば堂々と意見を述べるべきであり、麻生太郎大臣の云う通りである。「男は黙って…」は過去の日本だけ、水田稲作農耕「共同体」内部だけに通じるもので、海千山千の相手に切った張ったの勝負は出来ないでしょう。

 同じく朝日新聞(2019年11月22日)で元サッカー日本代表監督:岡田武氏がインタビューに答えて、「東京五輪・パラリンピックを日本人が「自立」するきっかけにしよう」と訴ます。「サッカーで主体的にプレー出来るやつは何人かだが、いる。反発心で出る主体的な力は短期間では効力があるが、長続きはしない。本来は、自分の勝ちたい、勝つことが楽しいという内発的欲求で力を出せることが真の自立だと思う。」

 彼は来期J3に昇格するFC今治の会長です。

Appreciate Your Support▼ご支援をお願いします
     にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ  にほんブログ村 音楽ブログ カントリーミュージックへ       



November 20, 2019

ボスポラス地峡決壊そして「ノアの箱舟」<2>

 イギリスの裁判官、東洋学者、言語学者であるウィリアム・ジョーンズ(Sir William Jones 1746 - 1794)はインド、カルカッタに判事として赴任中、サンスクリット語を研究、ギリシャ語・ラテン語を含むヨーロッパ諸語との間に、語彙。文法の類似点を発見、後にドイツで「比較言語学」に発展して行きます。

アララト山と修道院 ヨハン・フリードリッヒ・ブルーメンバッハ(Johann Friedrich Blumenbach 1752-1804)は「人類学の父」と呼ばれ、極めてキリスト教的世界観の濃いものでした。キリスト教・ユダヤ教における人類の「創世記」、アナトリア半島(現在のトルコ東部)アララト山に漂着したという「ノアの箱舟」伝説は黒海とカスピ海の北及び二海に挟まれた地域、ロシア南部、コーカサス地方を始祖とする人間をコーカソイド(Caucasoid(Caucasus(コーカサス) + oid(姿))と呼び、ヨーロッパ人、インド人、アラブ人、北アフリカ人の起源とした説を唱えました。Milanda Loves Traveling 「アララト山と修道院」

 「人類学」は英語でAnthropology。語源はanthropo(人間)+logy(学問)に由来します。因みに、Anthropoidは「類人猿」、語源はanthropo(人間)+oid(姿)に由来、apeと同義語です。人類学は生物学的特性を研究する「自然人類学」=生物学の一分野であり、「人種(DNA、血統、肉体)」を研究。一方、社会的慣習を研究する「文化人類学(社会人類学)」は「民俗(言語、文化、慣習)」を研究し、「言語学」、「考古学」、「民俗学」、「宗教」そして「芸能」さえも包括する学問領域です。

 1859年、英自然科学者チャールズ・ダーウィンは「種の起源」を発表。生物の進化を実証的に説明。端的に述べるならば、人間は神が創造したものではなく、生物の進化の歴史の中で誕生したという。これは神は自分の姿に似せた人を作り出し、アダムの肋骨から女を造り、アダム(男)とイヴ(女)は人類の祖であるとする「創世記<2章>・創造論」とは真っ向から対立します。アダムとイブの「創造論」と「進化論」、両者の対立は妥協点が見つけられずに現在に至っています。 
 
 しかし、1996年、ニューヨーク・タイムズに発表されたコロンビア大学の地質学者ウィリアム・ライアン(William Ryan)とウォルター・ピットマン(Walter Pitman)の説と符合するのです。温暖化で徐々に海水面が上昇、BC7500年(一説にはBC5600年)ボスポラスが決壊して、かつては淡水湖であった黒海に、地中海の海水が流れ込んで現在の黒海が出来上がったとする「黒海洪水説(Black Sea deluge」が「ノアの箱舟」伝説が現実に起こった大災害であった可能性が大であることを示しました。ナイアガラの滝を一日に流れ落ちる量の2百倍もの水がボスポラス地峡を黒海に流れ込み、それが少なくとも300日以上続いた、と推定しています。

古代西アジア地図
長谷川修一著「旧約聖書の謎」より拝借

 「旧約聖書」は有史以来、世界最古の歴史書であると云うことができます。その「旧約聖書」、「創世記」が語る「ノアの箱舟」伝説は、単なる神と人間の物語(作り話)ではなく、大災害の歴史的事実を物語ったものであろうと云う考えは、「ノアの箱舟」伝説(「創造論」)への今日的な「地質学」及び「気象学」(自然科学)的アプローチなのでしょう。黒海とカスピ海の北及び二海に挟まれた地域には、四大文明の一つ、メソポタミア文明がはユーフラテス川・チグリス川流域に興り、四大宗教、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三宗教が興り、ヨーロッパ・インド祖語が興り、それが東進してインドに入りサンスクリット語になったことから考えると、インドで仏教が興ったとされるも、仏典は梵語=サンスクリット語であり、仏教さえも根源はこの地に辿り着くようにも思えてきます。こう考えると、黒海とカスピ海の北及び二海に挟まれた地域は「旧約聖書」、「創世記」の舞台にふさわしい特別な場所に見えて来るのが不思議です。

Appreciate Your Support▼ご支援をお願いします
     にほんブログ村 歴史ブログ 諸文化の歴史へ  にほんブログ村 音楽ブログ カントリーミュージックへ       


Profile

ISAO

映画・音楽・歴史、そして、自己流ながら、水彩画を描いています。思いついたことを、気の向いたままに、イサオなりに、深く掘り下げていきます。 ※お気づきの点、改善すべき点をどうぞお聞かせ下さい。

Back Issues At A Glance
Comments
ISAO's Bookshelf
人気ブログ ランキング
NINJA
Search